火毛猴のあくたれ 参
「そんな弱腰で事を為せるのか! 」
「あぁん? 」
「七殺天凌と戦えるのかと聞いている! 」
西幽で啖劍太歳一行の天敵であった嘯狂狷を、容易く「玩具」と言い切られ、手の届くところから攫われた直後であった。
追命靈狐は脅威だが、それを連れて行った銀髪の男は更に輪をかけて厄介である。わざわざ言葉にして確認し合わずとも、浪もまた一目見て尋常ならざる者、と判じたはずだった。
気の利く浪の琵琶は、頭を冷やそうと言って離れて行った。
「……そうか。」
浪と聆牙が去った方向をしばらく眺めていた殤は、ひとり呟いた後、胸に重くこもった息を吐き出した。
お猿さんが、出ちゃったな。
目録が出来上がったばかりの頃、一行の拾った鳳凰の雛は、純粋でまっすぐな気風に育っていた。仲間達に対しては無口で控え目ではあったが、情深く素直で、心からひとを立てて影になり日向になり尽くすところがあった。
それが、西幽中を旅して、朝廷や神蝗盟に目をつけられた神誨魔械、魔剣を収集するうちに、少しずつ変化していた。殤達が慎重な行動をとろうとすると、なぜか無駄に煽ってくるのである。長老格の天工詭匠はもとより、血の気の多い時期を過ぎた殤も睦天命も、全く動じることはなかった。
挑発された仲間達は怒るというより、不審がった。琵琶に訊ねても、腑に落ちない言葉が返って来る。
『アイツは、お猿さんになりたいんだとさ。』
あさっての方に首を向けてそんな風に言う琵琶から、どうにか理由らしきものを聞けるまで、数年かかってしまった。
天命や天工詭匠らと、推測に推測を重ねて積み上げた石塔は、後に予想もしなかった聆牙の解説で崩されることになったのだった。
(あれが出たってことは、この現状を相当警戒し、憂いてるってことだろう。)
それは当然だ。蠍瓔珞のみならず、相手にしているのは数多の剣士を死に至らしめ、なおかつ魅了によって剣士らの誇りと名誉までもを地に貶めた、七殺天凌である。
(あれがお猿さんになるのは、そういう時ばっかりだった。)
風が強まり、葉擦れの音が大きくなった。流される黒髪を押さえながら、殤不患は、浪の去った方角とは逆の方へと歩き始めた。