うちのにゃんこが一番可愛い
「昼ごはん、外食? 」
「おう、奢りだってさ。お前も来ていいそうだ。」
殤の誕生日から数日後の休日。ぼちぼち昼食の用意をしなければと立ち上がった浪巫謠に、スマホを眺めていた同居人の殤不患が声をかけた。
若い頃からの友人、萬軍破に、彼の七月の誕生日の頃に酒席で奢ったところ、今度は殤の誕生日に奢り返してくれるらしい。浪も誘われたのは、七月の際に一緒にいた萬氏の若い同僚の分も支払いをしたからだろう。律儀な友人だった。
身支度を済ませ、送られてきた店の住所を地図アプリで調べて出かけたふたりは、その店の外観と看板を見つけてひどく驚いた。
「飯屋、じゃねぇな。」
「ここ、猫カフェだろう。」
「お、来たな。こっちだ。」
店内に一歩入ると、ちょうど店員とやりとりをしていた軍破氏が手招いた。一般の広めのサロンのようなところとは別に、数人で集まれる個室があるようで、ソファつきテーブルには既にホールケーキがセッティングされていた。
「まずはお招きありがとさん。お前さんがこんな店を知ってるなんてなぁ。」
「こないだ不患も逢った同僚のヤツに、メンタルがきつくなったら癒されるから是非行ってみろと薦められてな。来てみたら存外良くて、贔屓にするようになったんだ。巫謠くんも久しぶりだな。」
「どうも。」
殤の友人達の中でも、萬氏は絵にかいたような好人物だった。気さくに話しかけられ、コミュ障の浪もさすがに微笑んで返す。
話している間にも、好奇心の強い猫達が数匹、メインのサロンから個室へと集まってきていた。個室といってもドアの下部にちょうど猫が出入りできるだけの隙間があるので、仕切りのようなものである。満腹であるのかテーブルの上のホールケーキや軽食には目もくれず、座っている膝によじ登るなどフリーダムだった。
すり寄って来た茶色の毛の猫をあやしながら、しばらく年上ふたりの話の聞き役になっていた浪は、萬氏の口から出た言葉に耳を疑った。
「それに不患、お前、よく飼い猫の話を嬉しそうにしていたじゃないか。よほど猫が好きなんだと思ってな。この店にしたんだ。」
「ん、んーーんん、ああ、まぁその話は。」
「……飼い、猫? 」
殤と浪とは数年来同居している。そして、彼らの家に猫はいない。同居前に猫を飼っていたという話も聞いたことがないし、写真も見たことがない。
そして、唸りながらアイスウーロン茶を飲んだりと、なんだか殤の様子が挙動不審になっていた。だが、やや天然なところのある萬氏は気づかない様子で続けた。
「言ってたじゃないか。機嫌を損ねたから美味いものを買って帰ったら大喜びしたとか。寒い季節になると布団の中でひっついてきて可愛いだとか。夜に背中を爪でひっかかれて痛いだとか。」
「ああーー、そんなことも、あったかなーーー。」
「飄渺のヤツが、『うっわ、ベタな惚気、カノジョさんですかー?』って冷やかしたら、『猫だよ猫。』って。だから随分可愛がってる猫がいるんだと思ってたんだぞ。」
「……殤。」
じとぉ、と横から浪に見つめられ、殤不患の額からたらっと冷や汗が流れ落ちた。
さすがに誕生祝いの心づくしを用意してくれた萬氏と、無邪気に甘えかかる猫達の前で問い詰めるわけにもいかず、その場は一見和やかに過ぎ去った。
二人の愛の巣に帰るやいなや、ソファの上で丸くなった浪の機嫌が急降下する。
「そんなに可愛がっている猫がいるんだったら、俺などもはや不要だな。」
「ふようだけに? って、冗談だ、そんなに殺気立つな。マグカップ投げんのやめて。」
「店の猫にもずっとデレデレしてたし。」
「お前、それ、猫に妬いてたのかよ。」
「知らん! 」
言い合いと小競り合いをしながらも、次第に距離を詰めていって、ぎゅっとキャッチ。
「悪かったよ。その、酔ってお前のことをのろけたはいいが、照れくさくなっちまってよ。次は猫だって誤魔化さない。ちゃんとうちの巫謠のことだって言うさ。」
「それはそれで死ぬほど恥ずかしいからやめてくれ……。次からどうやって軍破さんの顔見ればいいんだ。」
ぎゅうぎゅうと抱きしめて口づけを送れば、殤不患の可愛いにゃんこは耳まで赤くしてとろんと溶けた。