バッタはつよい、つよいはバッタ
東離三話、百足の明夫さんが熱弁しているのを、賢明な琵琶はツッコみたいのを我慢して聞いてるんだろうなーと妄想していた。辺境警備がおろそかになり、部下が犬死するのが耐えらえない、それはわかる。だから幽皇の打倒をはかりたい、それもわかる。帝じゃ駄目だから闇の外道に頼る、??。だから外法に手を染めてみました、えええええ、そこ? みたいな。同じく幽皇に不満を持つ将軍を集めて、反旗を翻しました、じゃなくて? 結局カリスマ任せ、人任せなんですか。そんだけ外道に堕ちる覚悟があるんなら、なんで自分の身ひとつで成義を掲げて戦おうとしなかったのか。
一見、言ってることはいい言葉で、いいひとなんだけど、明夫さんさ。そこのところ。
マスクをとった明夫さんの造形が、思いのほか欧州風で驚いた。霹靂の木偶さまにも洋風はいるけれど、アジアのお人形というよりもドールっぽいお顔立ち。
萬軍破、バングンハっていうより、ヴァン・グンファ、みたいな。
最初は服装が似ているから、睦姐さんの兄なのかと思ってたけど、あまりにアジアンな睦っちゃんとは雰囲気が違い過ぎるので、兄妹説は薄らいだ。睦っちゃんといえば次回、いよいよご登場。もし過去回想とかじゃなく生きていたら、殤さんがいっとき浪さんを預けるのに不足はない強いお姐さんなので、どんな登場になるのかすごく楽しみにしている。どうか生きてて睦姐。
◇◇◇◇◇
「昔一緒に冒険した友だったって、所詮その程度かよ……。なぁ浪。」
捲殘雲の背中で闘いの行方を見つめる浪の耳に、琵琶の弦が微かになるほどの音量で、器用に聆牙が囁いた。
悪政に憤る男が語った西幽の事情は、既に浪も風の噂で聞き知っていたところではあったが、あらためて己の存在の罪深さを思い知らされ、負わされた手傷以上に胸の奥が痛む。
己は何を言われてもいい。けれども、殤は。
正直、窮地を救ってくれた、殤の心を許した親しい友人であるというその漢に、期待をした。
殤の心を、わかってくれるのではないかと。
「どいつもこいつも、不患ちゃんと目録を利用しようとする奴ばっかりだぜ。」
聆牙も浪も覚えている。
なぜその力を悪事に利用しないのか、と嘯狂狷は言った。
そして、なぜその力を悪政を打倒するのに利用しないのか、と萬将軍は言う。
方向性は異なれど、みんな同じ穴の貉なのだ。
極めつけは、目録に群がる悪人を、己の愉悦のために利用しようとする悪魔。
あれは浪にも同じようなことを言った。その声は使い道がありそうだと。
誰も彼も、利用されるものの気持ちなど考えもしない。
影響を及ぼす強大な力を持つものは、みだりにふるってはならないのに。
使った力は己に返る。意思に反して力を使い、そうして何も変わらずにいられるものか。
「お前さんなんぞは、不患ちゃんに力を使わせたくなくて、鬼になって欲しくなくて、自分が全部背負おうとしてたのによ。」
結局力不足で負い切れず、殤に助けられる顛末に終わったが。
「今までだって、そうだろ。巫謠ちゃん、あいつに剣を抜かせないために、矢面に立ってきただろう。」
俺は、殤にとって唯一、目録の外で動ける魔剣だから。浪は胸の内で返答する。
「だから、過去にどんな傑物だったとしても、お前さんにとっちゃ俗物だ。せっかく出会えた不患ちゃんの友がこれじゃ、悔しいよな。」
深い自罰と自責の念から刃を受け止めたものの、今の己の惨状が恨めしい。できるなら、今すぐ殤の代わりに戦いたい。一度は道を共にした相手と戦って、心に傷を重ねて欲しくない。
「心配すんな。アイツは負けねぇよ。お前が守りたい、優しいアイツのまんまだ。」
目の前で大技を受けた殤の衣が翻る。思わず声が出た。
「殤! 」
ちらりとこちらを見た目は、緊迫した状況の中でもなぜか落ち着き払っていた。そこには理解されない諦念と、屈しない強さが見て取れた。
「あーあ。かつての友相手に本気モードになるのに、ひとつも躊躇いがねぇや。もっともあっさり割りきるのが、あの旦那の強みなんだろうがよ。薄々不患ちゃんも気づいてたのかも知れねぇよ。その程度の友だってさ。」
これが皇女を振り払えなかった浪ならば、旧友との避けられぬ闘いはもっと苦悩するだろう。武器をとることすらままならないかもしれない。
「旦那はなかなか、睦の姐御や浪ちゃんみたいな相手にゃ出会えねぇなぁ、あ、この眼帯の兄ちゃんは東離で一番信頼できる奴か。魔剣目録も、嫁も預けられるんだし。」と、琵琶は目の前で揺れる金髪を眺めて、にこりとした。