火毛猴のあくたれ 壱
「殤、まだ迷っているのか。不甲斐ないぞ。」
天工詭匠の稀代の発明、魔劍目録に魔剣聖剣、神誨魔械を収められるようになってから、啖劍太歳一行はずいぶんと身軽に西幽中を行き来できるようになったのだが。
宮中の宝物庫より萬世神伏を盗み出した際に拾ってしまった鳳凰の卵は、孵化してみれば美しくたおやかな翼に反して、烈しい魂を宿しており。雛の育て親となった三人が、山猫のごとく密やかに足音を忍ばせて魔劍を収集したいと願うのにも関わらず、知らず尾先から派手に火の粉を撒いて、解決までにどけねばならない重石を増やすという厄介な質を持っていた。
それでも、その重石をどかそうと無自覚に真っ先に突っ込んで行くのは当の雛である。危なっかしくて仕方がないと兄や姉、祖父達が過保護になるのも無理からぬことだった。
彼らは真綿にくるむようにしながら、箱庭育ちの雛に処世術を教え、物の道理を教え、力の均衡を教えた。雛はやがて竹のように真っ直ぐで清廉な若鳥になった、はずだった。
いつの頃からか、若鳥は彼の育て親達に、対等の、時には対等以上の指摘をするようになった。それは、無口で控え目だった雛らしくない鋭い舌鋒で。
元々正義感の強い質だったのは一同も了解している。魔剣を集める道中で、多少なりとも世を知り人を知り、自信をつけ成長したのだともいえよう、と。しかし。
「窮鼠猫を噛むのたとえもあるだろうが。追い込み過ぎりゃ遮二無二に歯向かってきて、被害が広がるのがオチだ。ここはもっと穏便にいくべきだろう。」
とある悪漢が手にし、騒ぎを起こしている魔剣を回収すべく策を練っていれば、冒頭のごとく若鳥がこぼした。ここまでくると、提言というよりも叱責である。それに対して、残りの仲間三人は、とりわけ名指しにされた兄分の殤不患は冷静であった。
「そんな弱腰で、魔剣が手に入るものかっ。」
良く通る声質とは言い難いのに、若鳥の声は狭い宿の部屋の壁に当たって語尾が跳ね返った。
「地の利があっちにある以上、泥沼にはまりに行くようなもんだ。弱腰だろうが強腰だろうが、いったんはまっちまったら簡単には出られねえんだ。正面切って乗り込むのが得策じゃねぇことぐらいわかってんだろ? 」
忌憚なく意見をぶつけられた兄分がため息をつきつつ返答し、首を傾げれば、この頃ますます頑固に磨きがかかってきた若鳥、浪巫謠は、「だが、」と言い淀んでから再び口を開く。
「お前のやり方は甘い。」
「随分と辛いモンが好きなんだな。そういうのが寿命を縮めるんだろ、なぁじぃさん。」
「そうとも。古今東西、劇薬は辛いものだと決まっとる。医薬膳書によるとだな……、」
誘い水を向けられ、話題に割って入った天工詭匠もとぼけた調子で応える。
「もう良い! 」
埒が明かないと思ったのか、浪巫謠はそう叫ぶと、赤い衣装の裾を翻して外へ出て行った。普段、浪よりも喋るはずの彼の愛用の琵琶は、なぜか背にあったまま無言で大きな目玉をぎょろぎょろと動かしていた。
残された三人は机を囲んだまま、目を見交わし合っていた。
「……これが俗にいう反抗期、ってやつなのか。」
「青春の特権じゃのう。」
「もう、二人とも呑気なのね。自由に飛ばせるのと放ちっぱなしにするとは違うのよ。」
一行のうち紅一点の女傑、睦天命は、苦笑しながら茶の湯呑を啜った。目の前の男ども二人は、とりわけ槍玉にあげられた殤不患は、本来ならば立腹し反論し、浪を厳しくやり込めても良い立場であるし、そうできるだけの指導力を持っている。浪と初めて出会った時にも、道理ひとつを鼻先に叩きつけたら大人しくなったのだ。殤が本気になれば可能なものを、なぜか荒立てもせず放置している。
拾って懐に入れた雛を、鳴き声が煩いからと見捨てるつもりなのか。そんな思いで睦天命が黒瞳をすがめて殤を見れば、彼の男は口の端を上げた。
「別に、見限ったわけでも、どうでもいいわけじゃない。ただ……、」
「ただ? 」
殤は言葉を切って、交互に仲間達二人の顔を見る。
「いや、確証持って口にするには、まだ勘の要素が強すぎてな。」
「あー、まぁそりゃそうじゃろうな。わしも勘じゃが。」
「一応、女の勘より鋭いものはないと世に謳われるんだけど。仕方がないわ。聆牙から聞き出すしかないわね。」
目配せしあいながら三人はほぼ同時に湯呑に口をつけた。