わたしのだいじな
今日は冬コミの大遠足の筋肉痛と戦いつつ、昨日お買い物をした戦利品の数々をゆっくりと堪能させていただいた。殤浪のご本はどこから読んでもどこを開けても殤浪で、これもう家宝だわ、と作家様方を拝みたい気分になったのだけれど、その中でも「ひぃ、」とおかしな声が出そうに萌えたのは、浪さんが殤さんを呼ぶ、だんなさま、というセリフだった。これホントに最大級のパワーワードで、この一言で年末から正月の妄想全てを賄えてしまう程の強烈さがあったわ。なんで今まで考えつかなかったんだろう。
ひとくちにだんなさま、と言っても、いろんなシチュエーションと意味がそこから展開されるわけで。
現代メイドカフェで働く苦学生の浪さんと、通ってくるお客様の殤さん
イギリス風のクラシックな恰好の不器用メイドさんと、領主の主人
明治大正浪漫のお屋敷の書生さんと、屋敷の主
明治大正浪漫の若奥様と、年上の旦那様
ちょっと形は変わるけれども「ぬしさま、」という遊郭の新造と商家の旦那
市場で売られていた奴隷の浪さんと、それを買った主人の殤さん
攫われて強引にハレムに入れられた音楽家の浪さんと、スルタンの殤さん
琵琶が得意な、ちょっと風変わりな妻と、戦国武将の夫。
ちょっと妄想しただけでもこれだけ出てくるのだから、下手したら365日分の殤浪のネタがそこから湧き出してくるんじゃなかろうか。365日のだんなさま。浪さんがだんなさま、って口にする調子がまた、甘くて、柔らかくて、時にせつなくて。
十二才も年上の近隣の武将に、政略結婚で嫁がされた公家の姫の巫謠は、最初は反発するものの、次第に夫となった殤の優しさに触れて惹かれてゆく。日がな一日琵琶ばかり弾いている巫謠に、武家の妻らしくないと家中から非難の声があがるが、殤は庇いだてしてそっとしておいたのだった。
近隣諸国で係争が絶えず、のらりくらりとかわしていた殤も、ある日出兵せざるを得なくなる。戦で殤が亡くなるかもしれない、と現実を突きつけられた巫謠の心に、少しずつ変化が訪れる。無事に戻って来た殤を、初めて妻らしく迎えに出る巫謠。
「おかえりなさいませ、だんなさま。」
「おう、……ありがとうな。」
ようやく心を通わせて、真にめおとになったふたりだったが、時は戦国時代、平穏な時間は長くは続かない。大国に攻められ、城の守りを捨てて打って出るしかないという晩、逃げて係累を頼って落ち延びろと説得する殤に、微笑みながら琵琶を弾き続ける巫謠。
「何処へ行く必要がある。俺の夫はお前しかおらん。」
やがてゆっくりと琵琶を置いた巫謠は、長い髪を侍女に三つ編みに結わせて、赤い鎧をまとい、同じ色の太刀を手にするのだった。
「なんのつもりだ。」
「戦うも逃げるも諸共に。案ずるな、楽は武の心に通じるもの、刀は琵琶より御しやすい。刀の技でひとに引けを取りはせん。」
手合わせをして、言葉通りの巫謠の実力と覚悟を知った殤は、彼を伴って死地へ赴くのだった。
戦国パロもいいなぁ。浪さん絶対に刀と赤い鎧が似合う。殤さんも黒髪だから、髪おろして白ハチマキ巻いて鎧一式着ていても、まったく違和感ない。