殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

ハンドクリーム

乾燥する季節には欠かせないハンドクリーム。ちょっとお洒落な雑貨屋さんで並んでいるような、お洒落ではないけどロフトにどっさりあるような、いい香りのする可愛いパッケージのハンドクリームにはめちゃくちゃ憧れるけれども。手荒れがひどすぎて可愛い系はしみるばかりで逆に悪化を引き起こすので、冬の選択肢はメンターム薬用クリーム一択なのだった。いっぱい入ってるのを寝る前にがしがし塗らないと、肌が改善してくれない。もっともこの勢いでロクシタン使おうものなら半月持たないわ。

楽器を弾くので、指先はおそらく大事にしているであろう浪さん。指先がひび割れようものなら弦に血がついてしまうしね。酒楼にいた頃や宮中ではきっと、水仕事なんかなかっただろうから、綺麗な指先だったはず。殤さん達と行動を共にするようになり、料理の手伝いや、自分の身の回りの面倒をみたり仲間の世話をしたりするうちに、ふと気づくと指先や手の平があかぎれて血が滲んでいる。

でもそれは、頑張って手伝いをして、仲間に喜ばれた証。少し礼を言われただけでも照れてどぎまぎしてしまう浪さん。きっと誰かにまっすぐ感謝されるのに慣れていない。「ありがとう、巫謠。」って睦っちゃんや殤さんから言われるのが嬉しくて、いそいそと頑張って、頑張り過ぎてしまうこともあったんだろうな。乾いて割れた指先はとげを刺したようにずきずきと痛み続けるけど、心は満ち足りている。

 

「巫謠、手!? 」

捕吏との小競り合いの後に、なんとか追手を撒いて離脱した先、天命が驚いたように叫んだ。

変形を解かない聆牙の刀身を握ったままだった浪の五指の間に、赤い血が滲んでいる。後れを取った気配はなかったが、相手の刃がかすめたのか。心配そうに駆け寄った睦天命に説明したのは、手の持ち主ではなく、琵琶に戻った聆牙だった。

「こいつは一太刀も貰っちゃいねぇ。ご案じめさるな、姐御。」

「え、じゃあ、その怪我は一体、」

「少しばかり力が入り過ぎて、傷んでいた肌が裂けちまっただけさ。木枯らしが吹いてからこっち、弦にひっかかるほど荒れてたからなぁ。おっと、今の手で弾いてくれるなよ、浪。弦が本体と同じ色に変わっちまう。」

お喋りな魔琵琶を黙らせようといつものごとくじゃらじゃら鳴らしかけて、その忠告に浪ははっと手を止めた。血がこびりついて乾きかけてはいるが、浪の両手指の節とその間には細かな裂け目が新たに生まれている。それ以上余計な話をされる前にと、琵琶を背中へくるりと回して仲間達に背を向けた。

「どこへ行くの?! 」

「……すぐ戻る。」

耳を澄ませばそう遠くない場所に、小川のせせらぎの音が聞こえた。濯いで戻っても、同行者をさほど待たせはしないだろう。

 

しゃがみこみ、両手をつけた小川は凍っていないのが不思議なほどの冷たさだった。痺れ始める手首の感覚を無視して、浪は流れ水に目をこらし、血をこすり落とすのに専念した。急がなければ。背後から追ってくる足音がする。

「黙って急に離れるな。まだそこいらに捕り方がいるかもしれないんだぞ。」

ああ、やはり叱られてしまった。苛立ちのこもった声色にちくりと胸が痛む。

「すまぬ。」

指先から滴る水の玉もそのままに、浪は立ち上がって戻ろうとした。その眼前を、わざわざ後を追いかけてきてまで、勝手を咎めた仲間が阻む。横をすり抜けようとすればすれ違いざまに手首をひねり上げられた。痛みよりも殤の指の熱さに、浪の心は慄いた。

楽の音を武芸の手段と謳いながら、肝心の道具の手入れがなっていない。そう詰られてもおかしくはなかった。掴まれた手を振りほどけぬまま、次に何を言われるのかと首を竦めた浪の手が、ふわりと何かに包まれた。

「こういう手技は不得手でな。じっとしていろよ。」

綿のさらしの手拭いが、見る見るうちに濡れていた浪の手から水気を拭っていく。

自分は何をされているのか。咄嗟に声もでない浪の目の前で、肌を傷つけないようそっと動いていた布がしまわれ、次いで、丸い缶に入った軟膏が、傷口に優しく塗りこまれた。薄荷入りなのかすうすうして、沁みる。べたべたした軟膏で手の平と甲を薄く覆うと、殤は自分のごつごつした両手の内へ、浪の繊手を囲い込んだ。

「冷てぇな。あっためると、薬がよく浸透するんだとさ。」

どうも俺は気の巡りが良いぶん、体温が高いらしいんだ。殤はそういうが、浪は気が気でない。

「離して、くれ。」

「ああ? ひとに触られんのは、嫌か? 」

「そうじゃない。……殤の、手が冷える。」

ただでさえ、冬の小川の水に浸かったばかりなのだ。冷えすぎて、自分でもろくに感覚がないというのに。そんな手に触れたら。

殤が長い、肺の空気を全て出し切るようなため息をついた。覆われる手は温かいのに、背筋はかえって冷えてゆく心持ちがした。

「人の手を煩わせたくねぇってんなら、自分でしっかり手入れを覚えるんだな。それが一番の近道だ。」

こくこく、と素直に頷くしか浪にはできなかった。

「冬の間は、お前と天命は水仕事をするな。俺がやる。」

「え……?」

浮かべた戸惑いは、目の前の男の、怒りを含んだ声にかき消された。

「乾いた風の吹く日は必ず薬を塗れ。ったく、こんなになるまで放置しやがって、馬鹿か。楽の音が武芸のうちだっつーなら、少しは自分の体も考えろ。」

ずっと痛かったんじゃねえのか。そう続けられる言葉の間も、殤の手は離れることなく浪の両手を包み、寒空の下で温め続ける。がみがみと続いた小言が止んだのは、痺れを切らした天命がふたりを迎えにやって来たからだった。その頃にはすっかりと、冷え切っていた浪の手はぬくもりを取り戻していた。

 

「殤を怒らせるゆえ、手伝いはほどほどにする。」

寝る前に、貰った軟膏を手にすりこみながら、浪がかたわらの琵琶に呟いた。結局、浪の気質では、それ自体を止めるのは難しいのだった。鬼のいぬ間にやればいいと結論付けたのか、たぐいまれな聴力を持って、殤の来ない隙を狙って働いている。

「なんつーか、不器用な男だよ。殤も、お前も。」

「?」

その冬、言い聞かせても埒が明かないとみて、治りの遅いあかぎれに薬を塗って夜ごと温めるのが殤の役割になったのは、また、別の話である。