厄災の神と白玉の巫子 六
巫謠は、痛み続ける胸の奥で、居ても立っても居られないものを感じました。体の内側に火がついて、煽り立てられるような心地がしました。
会ったばかりの、しかも闇の中で生きている得体の知れない神様です。けれど。この、元はひとであったらしい神様の、真摯さと世を思う気持ちは本物です。清らかで、なによりも尊い祈りを抱いてこの地に長い間おられるのです。
願いを叶えて差し上げたい。
どうして。どうやって。どうしたら。わからないけれど、……どうしても。
「神様、僕を。外へ出して下さい。」
唐突に切り出した浪の言葉に、太歳神は驚いたようでしたが、すぐに応じました。
「いいぜ。こんなところに長居は駄目だ。途中からは自力で上がらにゃならんが、お前ならなんとか行けるはずだ。」
よっと、と掛け声がかかり、足元が持ち上げられました。そのまま、ぐんぐんと体が上昇していきます。次第に体に押さえつけられるような力がかかり、巫謠は立っていられずに体を丸めました。支える力が強まり、何か膜のようなものを突き抜けて、気づけば崖の途中にある岩棚に乗せられていました。うすぼんやりとですが、岩肌の茶色と緑の苔が目に入りました。ほぼ垂直にそびえる崖ですが、岩の突起をうまくつかんでいけば上がれそうです。
「うっかり落ちても、また拾ってやるから安心しろ。気をつけていけよ。」
遥か足元の闇の中から、神様の声が聞こえました。
「ありがとなー、親切な神様。……またな。」
琵琶が代わりに返事をしました。この琵琶は、口には出さない自分の気持ちをわかってくれている、と巫謠は思いました。
まず無事に崖を登りきる。上がっても、贄として捧げられた以上は村へは帰れません。どこか他に暮らす場所を探して、命を繋いで、それから。
「忙しくなりそうだなぁ、浪。」
「うん。」
病み疲れていた子供の、どこにそんな活力があったのかと思うほど、巫謠は力強く頷きました。