厄災の神と白玉の巫子 十
「何が綺麗なもんか。本当に綺麗だったのは、あいつの……、」
心のどこかで、あの太陽の色が支えになっていました。泣きもせず、自分を贄にしてくれと懇願した真っ直ぐな瞳が。出たくないかと問うた、気づかわし気な声が。心に染み入る声も、ほんのり浮かべた微笑も、僅かな時間の触れ合いでしたが、男には何にも代えがたい思い出でした。
「なあ、神様。浪の奴は、自分の行いに悔いひとつないんだ。だから、今宵の月と酒とを存分に楽しんでやってくれよ。」
見事な月と、上等な酒。けれど、それでは足りません。足りないのです。
殤は、懐におさめていた筆を取り出しました。筆先に気を集中させ、慎重に手の平に向けて振ると、ころりと丸い白い玉が現れました。優しい乳白色の玉の表面が、月光を浴びて煌めきました。
それは辛うじて、消える前にかき集めることのできた巫謠の欠片でした。
「巫謠は、俺の積年の願いを叶えてくれた。俺からすりゃ、あの子が神様だった。」
闇は祓われ、守っていたものは地中奥深くに沈んでしまいました。万年谷に積みあがった崩れた岩壁の量を見るに、もはやどんな悪党でも、しばらくの間、取り出すのは困難です。
両手で押し頂いた白い玉を眺め、殤は赤い琵琶に向かって言いました。
「世の中ってのはまだまだ広い。あの子が闇を消し去る方法を見つけたように、俺もこの玉から、巫謠を復活させる方法を見つけられるかもしれねぇ。」
「いいねぇ、その意気さ。んじゃ、当分忙しくなるな。」
嬉しそうに答え、聆牙は主人であった名残の、白い玉を覗き込みました。
この地の周辺は全く人の住まない、不毛の地に変わっています。まずは人の住まう場所へ行き、新しい暮らしを立てながら命を繋いで、そしてひたむきに探すのです。神でない以上は人間らしく、懸命にあがくよりほかありません。
太歳は、いつかきっとやり遂げるだろう。強い意志の宿った瞳を見ながら、琵琶は確信していました。神と巫子の物語は、そうしてまた新しい幕を開けたのでした。