殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

ひとりよりふたりで

泣いていた少女の震えが、次第におさまっていったのを見て、少しは落ち着いたのかと安堵する。ポケットのチーフを取り出して目元を拭いてやれば、浪はまたごめんなさい、と繰り返した。綺麗な緑の眼のふちがすっかり赤くなっている。

きちんと反省している人間を追い詰めるような真似を、殤はしない。

「もういいんだ。お前さんはちゃんと皆にも俺にも謝った。俺は怒ってないし、今までのことだって別にたいしたことじゃなかっただろ。子猫の爪にひっかかれたのと変わらん。」

「子猫……、わたしが。」

ずっと鼻をすすりながら、浪ふようが照れくさそうに言う。

「そうとも。社会の荒波の中で見りゃ、お前さんらがどれだけ毛を逆立てたって可愛いもんさ。いつかちゃんと大人の猫になったら、今日のことも笑い話にできる日がくる。」

どれだけ周囲に甘やかされたとしても、名家に生まれた令嬢だ。成人し淑女になり、華やかに社交界デビューでもすれば、一介の教師に思いを寄せて大騒ぎをしたなんてことは、すっかり青い時代の過去になる。自分は思い出の中の男になる。だからせめて。

「今日は俺と踊らなくてもいいのか? めかしこんで来たんだがな。」

泣き濡れた目を見開いて、浪は声を震わせた。

「だって先生。わたし、一位獲れなかった。もう踊ってもらう資格なんてない。」

「俺ん中じゃ、お前の音が一番綺麗だった。天使が歌ってるみたいな声だった。文句なしに、一等良かったぜ。」

心の底から思ったことを伝えて褒めれば、くすぐったそうに目を細める。

「先生にそう言ってもらえただけで、いいの。もう、十分。」

その時。どこからかくぐもった声がした。

「せっかくなんだから、踊ってもらえよ、浪ちゃん。学園生活、最後だろ。」

海外留学したらきっと、二度と殤には会えないだろう。そう思いせつなくなって、つい声に出してしまったのは、それまでずっと黙っていたバイオリンだった。

「うん? そのケースん中に、何かいるのか? 」

首をひねった殤に不思議と隠す気が起こらず、浪はバイオリンケースを開けて聆牙を取り出す。

「わたしのバイオリン。喋る。」

「あー、ま、先生にだったら変に隠し事はいらねぇか。というわけで、聆牙、変形して今は一億円のバイオリンになってますバージョン、だぜ。よろしくな。」

「お、おお。よろしくな。」

もっと驚くかと思えば、意外にも殤は冷静だった。世の中にはおかしなことがいくつもあるのだから、バイオリンが喋ったって別に不思議はない。いや、明らかにおかしいのだが、浪の扱う楽器なのだからそんなものなんだろう、となぜだかすんなりと受け止められた。階段に立て掛けられたバイオリンは、まるで旧知のような口調で促した。

「さあ不患ちゃん。浪の手を取ってやってくんな。」

「ああ。おいで、ふよう。」

 

手を引いて立たせ、狭い踊り場で肩を抱く。さすがにダンスフロアで踊るように動き回れはしないが、その分チークダンスのように体を合わせて密着する形になった。

「……夢みたいだ。」

「夢じゃないさ。」

未だに我が身に起こったことが信じられず、呟いた浪に、殤は微笑みかける。学園の悪役令嬢だったが、殤に対しては一途で健気で、可愛い浪ふよう。今までの所業も反省したらしいし、今後他の連中がまた浪を狙ってくるようなら、守ってやりたいとも思う。

「わたし、今日の日のこと、忘れない。どこにいても。きっと何年経っても。」

先生が、好き。

胸に埋められた呟きを拾い上げて、俺もだ、と返した。

踊る為の音楽がなくても、合わせて響く鼓動だけが、ふたりにとっては至上の伴奏だった。

 

 

 

浪が取り巻き達にも教師達にも、殤にも告げることなく、転校したのはその一週間後のことだった。