殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

あなたに捧げるうた

客席で聞いているだろうそのひとに、届けと思いを込めて歌われる歌の、語尾に矢羽が生えたるごとし。浪のソプラノ音域の声は、この世のものとは思えない水鏡の透明度をもちながらも、その言の葉のまとう音の粒はひとつひとつくっきりと明らかな輪郭で、向かった相手の胸へと飛び込む。

客席から腰を浮かせて走り出そうとしていた殤は、虚をつかれたように止まって、ゆっくりと自分に割り当てられた席へ戻った。浪ふようは誰かの悪質ないたずらで楽器を台無しにされたのにも関わらず、取り乱すこともなく自分の持てる手段で、音楽コンクールに相応しい舞台を続行することを選んだのだ。その胆力に、敬意を表したかった。

(こんな肝の据わった令嬢は見たことがねぇ。そこいらの猛者だって、矢の的にされりゃ慌てふためくぜ。)

脱帽しまた驚嘆する。殤先生、と猫なで声で甘えてきた浪とは、本当に別人のようだった。もっとも、以前の浪と、今の浪と。かわらない点がひとつあることを、殤は気づいているが。

客席はしんと静まり返っていた。音のひとつも神が描いた軌跡のように外さない。天与の才ともいえるその力量だが、この学園の誰もが、ごく近い取り巻きさえもが、令嬢ふようの歌唱の実力を知らなかった。ただただ圧倒されて、口をうっすらと開けて聴き入っている。

時間にすればわずか三分にも満たない浪の歌は、大ホールの空気を揺らし、客席の隅々まで届いて人の心を震わせた。

歌いきった浪が目を閉じて静かに会釈すると、ひとつ、ふたつと思い出したように手が鳴り、すぐに万雷の拍手へと変わる。

「ふようさま、……すごい。」

「おい、すぐにでもプロになれるんじゃないの? 」

「まさかあの気取って高慢なお嬢様がこんな見事な……、おっと、滅多なことは言えないな。」

「素晴らしいですわ。こんな才能をお持ちだったなんて。どうして隠してらっしゃったのかしら。」

口々に賛辞が送られる中で、ひとり複雑な表情を隠さなかったのは、先に演奏を終えて客席に戻って舞台を見つめていた、凜せつあである。

「……なぁに。聞いていた噂と、全然違うじゃない。」

鼻持ちならないほど高慢で、権力と金銭で学園を牛耳る悪の令嬢だと。そんな少女の鼻っ柱を叩き折るために凜はわざわざコンクールに出場したのである。

「まぁ、誰だか知らないけれど、余計なことをした者もいるし。」

なんとなく見当のついている友人を思い浮かべて、苦笑する。凜が悪役令嬢を懲らしめる計画を話した時に、妙に乗り気だった者達がいたのだ。詳しくは聞かなかったが、おそらく以前に令嬢がらみで迷惑をこうむったのだろう。

拍手の続くステージを見れば、既に袖に引っ込んだのか浪ふようの姿はない。床においたバイオリンを回収して早々に引っ込んだようである。

 

それから残りの演者の演奏が続いた。浪はバイオリンケースを抱え、観客席にある自分の席に、居心地悪く座っていた。取り巻き達が周りにいて、まだ演奏が続いているのにもかかわらず小声で賛辞を寄せて来るのだった。静かにして欲しいと思っても、口に出す勇気がない。