殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

踊るときはわたしがえらぶ

「さすがは浪だ。あいつら、お前さんをこてんぱんにしたかったらしいが、はしごを外されておろおろしていたぜ。かえって痛快だったな。」

バイオリンケースに収めたままの聆牙が得意げに言う。

浪の答えはない。もともとコンクールに出る気も、売られた喧嘩を買う気もなかったのだから、聆牙が言うのはなんともしっくりこなかったのだ。今回に限っては違うが、そもそも正しいのはあちら側の言い分である。

しつこくついて来る取り巻き達を撒き、浪がやって来たのはいつもの非常階段だった。階段の折り返しの部分に座り、ケースを撫でながら物思いに耽っている。

「今頃は、出演者を労うパーティが始まる頃だな。」

「……ああ。」

一位の褒賞として「ふよう」が毎回望んでいたのは、「大好きな殤先生」とのパーティでのダンスだった。入場のエスコートから始まり、数曲を踊り、軽い食事をとりながらお喋りを楽しむまで、殤先生をパートナーとして独占する。普段の学生生活では迷惑そうな顔をしてふようを冷たく突き放していた殤が、この時ばかりはそれを引っ込めて言うなりになってくれるのが、「ふよう」は嬉しくて仕方がなかった。

「殤先生は、本当に優しかったな。」

学生だけでなく父兄や理事も参加するパーティである。人前で邪険にして名家の少女の面子を潰すまいと、嫌々ながらも付き合ってくれていたのだと今ならわかる。

「ふよう」の記憶を紐解いてあらわれる、甘やかな感情。二度と触れることはないだろう、大きくてあたたかな手。クラスメイトとは違う、大人の男のひとの手。

浪も、殤先生が好きだった。過去の「ふよう」の考え方にはついていけないが、これだけはただひとつ、変わらなかった。

今日のパーティでは、違う相手と踊っているのかも知れないけれど。ふう、と息をついて浪は切り出す。

「……海外留学、しようかと思っている。」

「は? 」

思いもかけない浪の言葉に、もと琵琶だったバイオリンは素っ頓狂な声を上げた。

「生徒会も凜せつあも、このまま引き下がるまい。なにかにつけ此度のように騒がれるのは面倒だ。」

それに。思いきれない恋心を抱えたまま、毎日担任である殤の顔を見るのは、辛い。

「留学が無理なら、どこかへ転入できるよう、お父様とお母様に頼んでみる。」

物理的に距離を置いて、殤のことをあきらめて、悪役令嬢ではなく普通の一学生として心静かに暮らす。それが今の浪の望みだった。

「お前さんにとっちゃ、それが一番なのかも、っと、」

聆牙が押し黙り、浪ははっとして耳を澄ませる。非常階段の入り口に、誰か近づいてくる気配がする。

ぎい、と重い鉄製の扉を開けて、階段を上がってくる足音に、浪は身構えた。

「浪ふよう。そこにいるのか? 」

階段下から聞こえてきたのは、意外な人物の声だった。