あなたの気持ちがなによりの
くしゅん、くしゅん。
二月の半ばを越えた頃から、浪のくしゃみがとまらなくなった。鼻水も出るらしく、ティッシュの箱をいくつも買い込んで来た。
このシーズン、世間を席巻する有名な季節病といったらあれだ。スギ花粉症というやつだ。耳鼻科でもらった薬の効きが悪いらしく、鼻をかむのも忙しそうだ。
殤はといえば、幸いにもまだ発症していない。買い物に行くのも辛そうな浪に代わり、食材を買って帰った金曜日。ダイニングテーブルに並べた戦利品を見て、ワイシャツのまま腕組みする。
「殤、なに買ってきたの? 」
家の中でも白いマスクをかけっぱなしの浪が、目をしょぼしょぼさせながら寄って来た。
「ヨーグルト、だろ、キムチにわかめ、キウイにバナナ。きなこに生サンマに、甜茶。」
「甜茶? 」
聞きなれないお茶の名前に浪は首を傾げる。
「ヨーグルトとバナナは、きなこ入れてスムージーにすればいいだろ。サンマはグリルで焼いて、わかめは味噌汁にする。キムチはメシに添えてっと。」
これ飲んで待ってな、と、湯気の立つガラスポットをことり、と置かれた。透明なガラスポットの中で、ティーバッグに入った茶葉が揺らめいて、お湯が茶褐色になっている。
「即効性はないらしいが、気分的に違うんじゃねぇかと思ってな。」
それを聞いて、浪はその名前を思い出した。花粉症に効くといわれるお茶だと。
たぶん、今夜の夕飯メニュー、全部そうなのだ。殤が、何が効くかを調べて買ってきてくれたもの。少しでも、症状が楽になるように。辛いのが減るように。
ああ、あなたの気持ちが、なによりの、俺の薬だよ。
「不患。」
流しでボウルに塩蔵わかめを洗っている背中に、浪はたまらずにしがみついた。甘えるように額をぐりぐり押し付ける。
「こら。まだ俺、髪の毛に花粉いっぱいついてんだぞ。」
「ちょっとぐらい平気だ。……、っくしょん! 」
盛大に出たくしゃみに涙目になった。涙がこすりすぎた目のふちの、赤いただれにしみて痛い。ああ、花粉うっとおしい。殤が振り返ってくつくつと笑う。
「悪いな。お前にゃ気の毒なんだが、可愛すぎて笑っちまう。」
「笑うな! ……治ったら、いっぱいお返しするからな。」
「おう、待ってるぜ。」
マスクの下で真っ赤になりながら毒づく浪の、それすらもが惚れた欲目には愛らしいと、殤はわかめを洗う作業に戻りながら思う。
発症からこちら、鼻が詰まって息苦しいからと、夜の営みもご無沙汰している。さぞやいっぱいお返ししてくれるんだろうと、楽しみになった。
◇◇◇◇◇
だんなさまの音 続編
あなたの気持ちがなによりの薬。