殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

赤星の轍

「鬼鳥殿の話では、この辺りのようだな。」

「ええ。」

 

啖劍太歳を追って東離に一番乗りを果たしたものの、力及ばず散った神蝗盟の幹部、蠍瓔珞の末期を知らないかと、最初に鬼鳥に尋ねたのは意外にも異飄渺だった。

仲間にはなったが胡乱な赤い瞳の男は、伝手を辿り調べると言い残して一時無界閣を離れ、戻った折には地図と雇った案内人とを土産に寄こした。殤不患が皇女から奪っていった天籟吟者が、何者かに殺害され野晒しだった蠍瓔珞を哀れに思い、川べりに弔ったのだという。

 

「あの殤不患が惚れ込んで皇女から攫うぐらいの相手だ。天籟吟者もまた気立ての良い、ひとかどの人物なのだろう。」

目立たぬよう神蝗盟の部下を数人のみ伴い、地図に沿って北進しながら、軍破は同行する異飄渺に語った。負傷して殤に背負われていた赤い衣装の美しい男の姿を、異飄渺も思い出す。西幽皇女が国を傾けてでも欲しいと思う美貌は、しかしどこか透明な儚さをはらんで頼りなげだった。少なくとも自信を持って女を誘惑する男の顔ではない。

「ああいうのが、啖劍太歳の好みだったとは。」

「庇護欲をかき立てられるのだ。面倒見の良い男だからな、不患は。」

「そういうものですかね。」

「男とは、そういうものだ。」

自分はもっと、依存せず自立した相手が良い、と異飄渺は思う。自分の手助けなど要らないような、気が強くて危険も省みない、それこそ……。

 

「旦那様方、こちらです。」

案内人がおずおずと振り返る。手でさし示した先に、木柱を立てた小さな土饅頭があった。蠍瓔珞之墓、と墨つきも鮮やかに書かれていた。

二人してどちらからともなく、長いため息をついた。実物を見るまでは、死は真実とならない。聞かされていたうちはまだ実感のなかった幹部仲間の死が、覚悟していたとはいえ背に圧し掛かる。

 

「達筆だな。」

「天籟吟者ともなれば、歌唱の才のみでは務まりますまい。」

 

自分達を幾度となく追い詰めた敵である神蝗盟の幹部の亡骸さえ、無碍にしない心遣いはさすがとさえ言える。

「鬼鳥殿の話では、緝察使、嘯狂狷殿の墓も天籟吟者が建てたと。そちらは折を見て、俺が皇軍を使って故郷へ帰そう。この地で散っていった衛士達の亡骸も、できるだけな。」

小さな盛り土を前に、軍破が拳を握った。嘯狂狷もまた、鬼鳥の話では誰に殺害されたのか判らぬらしい。同じ西幽人として、できれば犯人を突き止めてやりたいと彼は思っている。

「今は時間がありません。……蠍瓔珞。さあ、帰りますよ。」

異飄渺はしゃがみこんで、指先が汚れるのも構わずに、盛り土の表面をそっと撫でた。

 

天籟吟者、浪巫謠がとった手段は土葬であったので、掘り返した遺骸に木の枝をかけ、異飄渺の術の力も使い、骨になるまで焼いた。その後は文字通り、木灰の中から骨を拾う。

生前の面影を知る者には耐えがたい行為だが、それはまた神蝗盟の一員として負うべき責でもある。志は必ず継ぐ。たとえひとりの剣が折れても、新たに続く者が、猊下の為に剣を取る。拾う行為は決意であり、逃げは許されない。故人が残した轍を、後ろ足で砂をかけて埋めるようなものだと軍破は思う。

神蝗盟に入ってから、蝿、蝶と、二人の骨を拾った蟷螂もまた無言で拾う。無界閣の装飾品として置かれていた淡い紫の花瓶は、金の縁取りや同じく金地で椿の花が描かれていて、とても美しい代物だった。刑亥に頼んで譲り受けたそれへ、兵士らと共に灰色の骨を詰め込んでいく。連れて来た数名の兵は、蠍瓔珞の側近だった者達だった。東離での隠密行動に邪魔になるからと言って彼女が置いて行った彼らもまた、これからの神蝗盟の担い手である。

 

「無念であったろう。」

「そうでしょう。」

 

「無駄にはせんぞ。」

「そうですね。」

 

「よく、やったな。」

「………。」

 

(馬鹿ですよ、この女は。本当に、馬鹿です。)

 

(なんでこんな、骨になんか、なってるんですか。)

 

(蠍、瓔珞。)

 

「異飄渺。俺は、神蝗盟の為、猊下の為であれば粉骨砕身働き、この命を捧げる決意である。だがもし、志半ばで命を落とすことがあれば、俺の骨もまた拾ってくれるか。」

 

全てを収めた花瓶を布で丁寧に包み、手に下げた萬軍破が異国の晴天の空を仰ぐ。空の色は東離も西幽も変わらなかった。同じ空の下に、彼らはいたのだ。

 

「これは気弱なことを。なれど、しかとお引き受けいたしましょう。しかしそれはこちらも同じですぞ、軍破殿。」

「ああ。約束しよう。」

「では、急ぎ戻らねば。鬼鳥殿や刑亥から、長く目を離すわけにはまいりますまい。」

 

蠍の残した赤い星の軌跡を踏んで、彼らは先を行く。信じたものの為に行く。

 

 

 

 

「異飄渺。……さあ、共に帰ろう。」