若奥様のお買い物
発売延期になってしまった西幽玹歌の円盤、五月の末には無事に発売されるとのこと。配信も円盤発売に合わせて延期になったので、GW中の楽しみがなくなってしまったのは残念だけれど、年末まで待たされるわけじゃないのは良かった。
GW前の配信だったら、GW中に自宅でゆっくりと観てファンになってくれたひともいるのかな、と思うと、そこは惜しいところ。今の世情を考えればしかたないが、発売再延期、とかにならないといいな。
台湾東離の公式Facebook、アースデイの話題で啖劍太歳一味が勢揃い。だったのだけれど、カラフルなエコバックを抱えてお買い物している浪さんの可愛さにやられてしまった。エコバックに入っているのは、以前のTBFPツイによると焼餅(シャオビン)と、捲餅(ジュエンビン)。市場で買い物した時に、殤さんと睦っちゃんの好物も買って帰ったんだね。
啖劍太歳一家に合流した後、浪さんが慣れない家事をせっせと手伝って手荒れして殤さんにハンドクリームを塗りつけられる、という妄想を以前にしたのだけれど。こうして健気にエコバック持って食料の買い出しを手伝ってる浪浪の姿を公式で見せてもらうと、やっぱり浪浪には若奥様妄想が似合うなと思ってしまう。もう本当に、なにからなにまで可愛すぎるんですけど。霹靂さんまた素敵な妄想の種をありがとう。こんな時だから癒される。
「あら、いい匂い。」
市場に買い物に行っていた浪が抱えていた籠袋から漂ってきた匂いを嗅いで、睦天命は鼻をうごめかせた。
「おみやげ買ってきたぜー。ちょうどおやつにはいい時間だろ。お茶入れようぜ姐御。」
「ありがとうね、浪浪。」
買ってきた葉物や芋類を隠れ家の小さな台所の棚に並べる浪の背中で、琵琶が得意げに言う。黙って頷く楽師の赤い豪奢な衣装は、生活感のある暮らしにはそぐわない色をしていたが、着ている当の本人は仲間の役に立てるのが嬉しいらしく、頼まれればいそいそと買い物に行き、家事を手伝っているのだった。
「不患、老師ー。お茶入れたわよ。」
「おう。いま切り上げる。」
浪と天命が茶の支度をしていると、昼前から新たな魔道具の研究と、嫌々ながらその助手にさせられていた天工詭匠と殤不患も、台所の端にある四人掛けの食卓に集まって来た。
それぞれが着席すると、浪が籠袋の中から捲餅を出し、天命の前の皿に置く。それから焼餅を二枚、殤の前へ、一枚を天工詭匠の前の皿に置いた。好物を前に殤の眼が嬉しそうに輝く。
「お、ありがとよ。ちょうど小腹がすいたとこだった。じいさんの人使いの荒さったらねぇや。」
「なにをいうか小童が。まだまだこれからじゃ。」
軽口を叩きながら、まだ温かい焼餅をちぎって口に入れ、茶をすする。丸い焼餅にそのままがぶりとかぶりついた殤が、旨え、と感嘆の声を上げた。
「私の手が離せないから、今日も巫謠が買い物に行ってくれたのよ。」
「そうか。ご苦労さん。」
労わるような殤の眼差しに、照れたのかあさってのほうを向いて浪がこくりと頷く。
「浪浪は黙ってよく働くのう。いつでも減らず口の誰かさんと違ってな。」
「ひでぇな。口もだが、ちゃんと手も動かしてるじゃねえか。」
「はいはい、さっさと食べて、実験再開しないとね。」
言い合いを始めたふたりを笑顔宥めながら、天命も好物である捲餅をぱくりと齧った。
賑やかなお茶とおやつの席を眺めて、普段滅多に笑うことのない浪も、心なしか口元をほころばせているように見える。
母の願いの為に修行をし、酔客の為に演奏をし。皇女の為に死闘を演じ。そして、こうして仲間達の為に進んで手伝いをする。浪は、人の為に何かをするのが苦にならず、返って来た反応で自分の足元を確かめるような、そんな人間だった。
「みんな喜んでくれて、よかったなー、浪。」
黙ってうん、と頷いた浪を見て、怪訝そうに殤が言った。
「そういや、浪。お前のぶんは? 」
浪の前には皿がなく、茶の入った湯呑だけが置かれていた。首を振った浪に代わって琵琶が言う。
「こいつはあんまり腹が減ってないんだってさ。」
屋台に目を止めたのは、浪と聆牙がひととおりの買い物を済ませた後だった。残った手持ちの銅貨と、屋台の店主に聞いた値段とを比べて、買えるかどうかわからず、算術向きでない頭でしばらく首をひねっていたのは浪と彼の琵琶との間の秘密である。
それも無理もないと琵琶は思う。山暮らしの後に飛び込んだ酒楼でも宮中でも大事に囲われ、浪が自分で買い物をした頻度は少ない。物欲も薄く、聆牙の手入れに使うもの以外は自分から買った事もなく、着るものは全て店主に与えられた衣装を着ていた。
計算のできない、ある意味で、本当に計算のできない不器用な青年の気質を、けれども彼の背にある魔琵琶は慈しんでいた。
じっと浪を見ていた天命が、何かを察したようにふっと微笑んでから、自分の食べていた捲餅の端を千切って浪の前に差し出した。
「ひとくちくらい食べたっていいでしょ。お茶がすすむわよ。はい、あーん。」
「……え、俺、は、」
出された一口大のそれに、戸惑うように目を泳がせた浪に、もうひとり。
「そうそう。おぬしは若いんだからもっと食え。そこの唐変木みたいなどっしりした腹周りにならんぞ。ほれ、あーん。」
同じように焼餅を千切って差し出したのは天工詭匠だった。まだ十代で発育途上にあるとはいえ、殤と比べてしまうと浪の足腰はきゅっと細い。
「ひとが太ってるみたいな言い方すんな。これは歴とした筋肉だ、腹筋だ! 」
言い返しながらも、殤もまた焼餅を大きめに割って、浪の顔の前に差し出した。
びっくりして目を見開いている浪の、いつにない反応が面白くて、殤はつい笑ってしまう。
「ほら、巫謠。あーん。」
「浪ちゃんモテモテだな。こりゃ、食う順番によっては今後の人間関係にヒビが入るぞ。慎重にいけよー? 」
からかう聆牙と、どこから口をつけていいのかわからずきょろきょろする浪の微笑ましさに、三人は顔を見合わせ、声をあげて笑い出した。
「え、それは勿論わたしからでしょ、ねえ浪浪。」
「わしじゃって。」
「大きさなら俺のが一番でけぇぞ。」
魔剣を集め、巻物に納め、追われ、逃げ、戦う日々は続いている。そんな中でも希望と明るさと強さを失わずに笑顔でいられるのは、この仲間達と一緒にいるからだ。
長閑な昼下がり、三人と一面の笑い声と、ひとりの小さな苦笑は、小さな隠れ家にいつまでも響いていた。