殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

それは低い筒のような、上から見れば丸いような

夏の暑さに思考停止したまま、涼しくなるまで再起動をかけられなかった残念な脳が、気温が下がって少しずつ働き始め。ああもう、エアコンでなく天然の風が涼しいって素晴らしい。

殤さんの誕生日までには何かまとまった話を考えたいなと思っていたけれども、間に合わなかったので、ねんどろさん達の写真を一枚だけ撮ることにした。

 

◇◇◇◇◇

 

減ったようで増えた魔劍妖劍聖劍を処分するべく、向かい風の先へと歩みを進めた二人連れ。黒の外套と白髪交じりの黒髪を長く風にたなびかせた中年男と、鬼面を琴頭に括った奇妙な琵琶を抱えた、赤い装束の若い男。

田んぼの畔に咲き揃った紅の死花の、誘う指先にも似た袖飾りを無造作に振りながら、若い男は最近の月を覚え、数え、思い出し、そうして連れの男を黙って見つめながら足並みをそろえていた。まるで何かを測るかのように。

青年、浪巫謠の耳は、市井のあらゆる音を拾う。今よりも世を厭うて殻に閉じこもっていた頃なら、意図的に遮断もした雑で気分の悪い音階も、何が連れと己の目的に適うか判らぬ今では、収音して損はない。無論得もないが、浪はそれを微弱な魔力越しに琵琶に流し込んで、濾している。付喪神がつくほど長き年月を現世で過ごした魔琵琶である。数十年も生きていない、ましてや江湖において自他ともに認める箱入りの期間が長かった浪に比べ、老獪さを持って砂混じりの波の中から螺鈿のかけらを拾い上げる。

 

だからそれを聞いたのも、浪なのだが、判じたのは聆牙であった。

「それは低い筒のような、か。ここいらじゃとんと見かけねぇなァ。」

数日前に外つ国から東離の港に大船が入った。風に乗って入ってくる音に耳慣れないものが石礫のように混ざる。神経質になっている主を煽るまいと琵琶の声はいつもの茶化しぶりを三割ほどひいて、高低差も少ない落ち着いたものになっていた。

「……そんなしんみりした声も出せるんだな、お前さん。いつものけたたましさぁどこへやった? 」

「あ? さりげなく失礼なセリフをねじ込んできませんでしたかねぇ、殤の旦那。」

黒髪の男、殤不患の揶揄いにも、琵琶は低い声を崩さずにジト目で睨むのみだった。咎めるかと思われた紅手甲の繊手も宙で止まったまま動かない。

がしっとした顎を覆う無精髭が特徴の殤に比べ、浪は知らぬ者には女人と間違えられるほどの柔らかな輪郭と雪の肌、ほたりと落ちそうな紅椿の唇をしている。今も、黙って首を傾げつつ意識を彷徨わせている様は、いっそいとけない幼女のようである。

しかしその花びらのごとく唇から洩れたのは、外見からは想像もつかないほどざらりとした低めの男の声であった。

「……上から見れば、丸か。」

「じゃ、ねーの? 別れて探す? 」

こくり、と頷いた。いきなり一人で雑踏に分け入って消えようとする。

「あ、おい!? 何の話だ?! 俺にもわかるように……、」

「あのねぇ不患ちゃん、昨日泊まった宿にもう一泊。うちの浪ちゃん夕方までには帰るから留守番よろしく! 」

 

「あいっつほんっとにひとのいうことききやがらねぇ!? 」

地団駄を踏んでも、今さらである。

聞いているようで聞いていないようで、その癖余計なことは琵琶共々聞いていてさらに決して忘れてくれない。聞こえないようについた筈のため息も、たった一回こぼれた、鼻をすする音も。地獄耳の仲間など持つんじゃなかった。心配性が突き抜け過ぎて、瘴気渦巻く死地を渡らせてしまったことを、想像すれば今さらながらに鳥肌が立つ。あの口は悪いが誰より主想いの琵琶は、残念ながら抑止力にはならなかったらしい。なってくれていれば、よかった。

「魔境だって気づいた、いんや、直感してたんなら、乗り込んで来るんじゃねぇよ。」

心昂らせてる場合じゃねぇっての。何度目かのぼやきだった。天啓ともいえるほどに勘の鋭い男が、自らの命をも危うくする悪い予兆に気づかないわけがないのだ。

知ってて、来たなら。あれは、命を粗末にする馬鹿だ。

……させるほうはもっと馬鹿だけれどな。させねぇがな。

鼻をこすって、どこかへと消えてしまった赤い姿を目を凝らして探そうとし、やめた。

聆牙がわけのわからないことをほざいていた。その後の浪の行動も輪をかけてわからない。まあいつものことである。あれらはああいう生き物であって、それでいい。その力は殤も認めるところだった。

 

でも、こんな日にも、なのか。別に普段と変わり映えしない、どうだっていい日だが、せめて今日ぐらいはな。お前の考えてること、少しでも、わかりたかったぜ。

 

「……寝るか。」

特大のため息をわざとらしくついて、殤は指定された宿の部屋を確保するべく通りを離れた。

 

◇◇◇◇◇

 

「おーきろよ。メシも食わずに不貞寝してるんだってぇ? そりゃちょっと拗ね過ぎじゃないのアンタ。」

「あーー? 」

宿の女中にでも聞いたのか。確かにこのところ野宿続きだったこともあって、宿で寝れる時にはひたすら寝溜めに努めてはいたが。聞きなれたダミ声に目を開ければ、フリフリと自力で器用に首を振る琵琶の、牙むき出しの鬼顔が飛び込んで来た。普通の楽器であれば人の手出し無しでは動かないが、さながら古狐や古狸がごとく変身なんぞやってのけるこの琵琶のこと、浪の手を離れてふよふよと寝台脇で浮いていたって今さら驚かない。ん、ふよふよと? いや、洒落じゃねぇぞ馬鹿。

殤が寝ぼけて働かない頭をがりがりとかきながら上半身を起こすと、聆牙はちょっと残念そうに口を開いた。

「あれ、驚かない? もっと反応あるかと思った。」

「いや、見えてるから。あー、それ、巫謠の背中の飾り布だろうが。」

「まァさみしい。わかってても大袈裟に驚いてくれたら魔力の使い甲斐もあったのによォ。」

「んなもんあってたまるか!」

浪の背中の橙色のビラビラは魔力を通すとどこまでも伸びるのを殤は知っていた。たまに戦闘中に聆牙をお手玉のように回している。高いところの柿の実をもいでいるのも見たことがある。釣りで魚に逃げられそうになった時にあれで縛り上げていた。便利そうでちょっとうらやましかった。拙劍も気をこめれば伸びるだろうか。

殤のとりとめのない思考は、よくわからない相棒の一言で遮られた。

「……なかった。」

ぎゅん、と聆牙が引き寄せられ、殤の目にも、宿の狭い部屋の中央に置かれた座卓が映った。椅子がないので棚に並んだ壺に聆牙を乱雑につっこみ、なぜだか浪は茶の支度をしている。座卓からは食欲を誘う匂いがして、寝汚く布団にしがみついていた殤の腹が石臼をひくような音で鳴った。

「筒のような丸いような、ってったら、今の時節柄、店売りしてんのはコレだろうがさ、ま、これは違うわなァ。これも。」

棚の上の聆牙が座卓に並べられたものを覗き込んでいるので、殤も慌てて起き出して、座卓の側へと近寄った。

 

 

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「……筒。……丸。……あま。……違う。」

ぶつぶつと浪は低く言う。

どうやら殤を宿へと置き去りにしてまで探しに行ったものは、手に入らなかったらしい。普段から口数少ない浪の言語を、正確に読み取って文章に出来るのは、もはや彼の琵琶ぐらいのものだろうと殤は机に並んだ菓子を眺めながら思った。

「りょーがー。翻訳しろ。」

言いながら目の前にある熱い蓋をずらせば、蓋つきの湯呑の中ではいい感じに茶葉が開いている。なんだか茶葉がもっさりと多い気もするが、そこは一刀両断に大雑把なところのある巫謠の入れた茶である。気にしたら負けだと知っていた。

琵琶はやれやれ、と天井を仰いだ。

「異国の船の連中がな、特別な日に食う特別な甘いモンの話をしてたのさ。」

「なんだ其れは? 」

腹の虫が鳴くままに殤が取り上げたのは、手前に並べられた菓子、月餅であった。中秋節で食す菓子である。今ぐらいには出回っているが、まあ特別な日に食うモンで間違ってはいない筈である。なんなら窓を開けて月でも探すかときょろきょろすると、違うのだ、と静かに浪が再び言った。無表情なようで、実は浪がひどく落ち込んでいるのがわかる。もしこいつが犬だとしたら、尻尾と耳があったらどっちもぺたんと垂れ下がってるやつだ。

「それは、けえき、と言うらしい。……生日を祝って食されると、船員が。」

「ぐふっ、」

胡桃の入った餡が喉に詰まりそうになって、慌てて殤は蓋をずらして碗を啜った。やっぱり茶葉入れ過ぎだろこれめっちゃ濃すぎる、じゃなくて。

 

 

まだ西幽にいた頃だった。

「殤の旦那、西幽のどこの生まれなんだ? 」

聆牙に聞かれて、まあどこだっていいじゃねぇか、と殤が誤魔化したのを。

どうやらどうでもいい事を聞き逃さない地獄耳の巫謠は、覚えていて、忘れなかったらしい。

西幽や東離じゃなさそうだ、なら外つ国の生まれでは、とでも思ったんだろうな。

そんで外つ国の習慣なんぞを耳にしたもんだから、ちゃんと確かめないまんまに矢も楯もたまらず突進してったんだろう。相変わらず人に話を聞きもしない、人の話を聞きもしねぇで。

 

野宿続きで、やっと泊まった宿では、巫謠はぶっ倒れるように眠ってた。

正直、今でも顔色がいいとは言えない。こないだの傷だって、ちゃんと治ってるのかどうか主従揃ってはぐらかして、教えてはくれなかった。置いて行かれるとでも思ってんのか。

聞きたくもない音まで耳に飛び込んでくる、五月蠅すぎる市は苦手だろうが。山だの酒楼だの宮中だのとずっと引きこもっていたせいで、他人に触れられるのが苦手だって、昔、天命が言っていたな。市なんて混んでりゃ嫌でもあちこちぶつかるんだぞ。そんな中で見たことないもんを連想だけで探すんだ。嫌だって以前に、どっか痛ぇんならなおさら辛かっただろう。

 

ってか、覚えてたんだな、お前ら。今日。

 

「……すまん、不患。けえきとやらは、用意できなかった。」

目を伏せた浪の前で、殤はもぐもぐと月餅を食べ進めた。

 

ひととひととがわかりあうなんて、難しいもんなんだ。

特にこれは人の話を聞かない類の獣であるし、自分だってまだ話せないことがたくさんある。浪が持つ天啓だって、わかってやりたいけれどもわかってやれないし、こないだのように対立することもある。

それでも。たとえうまいことわかりあえなくとも、たとえどれだけすれ違っても。

 

「筒のような形で、上から見りゃ丸いんだろ。これが『けえき』でいいじゃねぇか。」

「いいの、不患チャン? それどう見ても……、」

「え、もがっ、」

弾かれたように顔を上げた巫謠の口に、巫謠の分の月餅を半分に割って突っ込んでやる。

餡入りの月餅は、咥内で「もそつく」ので、急に飲み込めるものではない。当然浪も慌てて碗の蓋をずらして茶を啜ったのだが。茶葉が溢れかえりそうになっていて仰天した。お前どれだけ気もそぞろで碗に茶葉入れてたんだ。入れすぎだろう、とつっこもうとして、知らず、笑顔が出た。お前も相当不器用だが、俺も大概だった。

 

「俺にとっちゃお前らがいるだけで充分過ぎる。……生誕祝い、ありがとうな、巫謠。」

 

覚えていてくれて、お前が祝ってくれて嬉しいと心から伝えれば、飲み込めない月餅で頬を栗鼠のように膨らませたまま、巫謠が珍しくも、へにゃりと笑った。

 

◇◇◇◇◇