殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

いつかのメリークリスマス

現パロクリスマスイブの妄想は何日か前に思いついて書き留めたのだけれど、今日またいっぽん湧いて来たので追記。殤浪ほんとに楽しい。もうそろそろ、ここでいろいろ垂れ流し始めて二か月になるけれど、飽きない尽きない。ここはちゃんと形にしなくちゃと気構えなくていい場所で、沼から汲んだお水をそこら中にだばぁ出来るので、自分で過去記事を読み返してるだけでも自分で萌える。どこを歩いても泥沼のぬかるみに足をとられる幸せ。

※※※

指輪を貰った翌年のクリスマスイブは、やっぱり兄殤さんと兄浪さんはおうちひきこもりしっぽりクリスマスを決め込むというので、今年はどこかへディナーを食べに行こうとする太歳さんと白ふよさんの弟組。ふたりで外出デートというのは久しぶりで、いつになく浮き立つような気分で予約した店に向かう途中、楽器屋の前で電子ピアノのデモコーナーが行われてるのに足を止める。腕に自信のある通行人が飛び入りで弾けるが、立ち止まってまで聞き入っているのはごく数人だった。

「誰かお弾きになりませんかー? 」

イブの街は華やいでいるが、ガラス越しに見える夕方の店内は人ががらんとして寂しい。逢瀬を楽しむものは出かけ始め、家人の待つ者は家路を急ぐ時間帯である。仕事とはいえ、案内している若い女性も早く帰りたいのだろう、声の裏に苛立つような、やけくそな様子を白ふよは感じ取る。

「お前、なにか弾けるか? 」

隣の太歳がそんなことを急に言うので、びっくりしてやや高い位置にある顔を見上げた。奇しくも今日のおでかけの装いは、白ふよが白のロングコート、太歳が黒のコートと鍵盤コーデになっていた。

「弾けないわけじゃ、ないけど。」

恥ずかしい、と続けそうになるのを見透かされ、先手を打たれる。

「今度、赤浪のシークレットライブでバックコーラスやるんだろ。今から少しずつ客前で度胸試ししとかねぇと、本番で声出ないぞ。」

室内でモデルやるのとは訳が違うんだからな、と続けられ、呻いて手を握りしめた。

「うう……、」

自分の成長を願って言ってくれるのはわかるのだが、年上の恋人はこんな時、容赦がない。躊躇する間に両肩をつかんで電子ピアノの前に押し出された。

「はいはーい、こいつ弾きながら歌います。」

「ありがとうございます! マイクもありますんで、好きに使っちゃってください! 」

こうなったら逃げられない。白ふよは渋々と椅子に座り、指を鍵盤になじませた。その左の薬指には、去年貰った太歳とお揃いのリングが光っている。すれ違いが辛くなった折には、いつも眺めて力を貰っていたリングだった。出かける際にはつけるのだが、鍵盤を弾く時はかちゃかちゃ当たるのが嫌で外していた。無意識のうちに指から抜いて、黒いアップライト型の電子ピアノの一番上の天板へと置く。

「でも、何を弾けば? 」

「クリスマスなんだし、それっぽいのでいいんじゃないか? 」

しばし考えた後、イントロを弾きながらおもむろに歌い出す。

「きっと君はこなーい、ひとりきりのクリスマスイブ、サイレンなぁい、ホーリーなぁい」

「おいちょっと待て! 去年ひとりで待たせたのは悪かったって。っていうか、なにも待ちぼうけソングをここで選ばんでも! 違うのにしよう、なっ。」

ワンフレーズ終わったところで太歳は止めに入った。街はクリスマスイブ、幸せな雰囲気一色なのである。できれば明るい曲を弾いてもらって、さらに道行くひとにハッピーな気分で聞いてもらって、ついでに度胸試しになればそれが一番だったのだが。墓穴を掘るまでは想定外だ。

止められた白ふよは首をかしげるが、次の曲を弾き始めた。

「いーつまでも手をーつないで、いられるよな気がしていたー、」

美声で滔々と歌いあげられるサビに、じーんとせつなさがこみ上げる。

(あー名曲だな。うん? それって今はすっかり色褪せてしまった、いつかのクリスマスの思い出を歌ってるんじゃなかったか?) 

「……ふーよう。今は違うのが聴きたいかな。アップテンポなのもいいんじゃないか。」

「……? 」

早いリズムのクリスマスソング。サンタクロースイズカミングトゥータウン、的なものを予想していた太歳の前で白ふよが勢い良く鍵盤を叩きながら弾き語り始めたのは。

「キャンドルもー十字架もー、あーいにちかーらーをあーたえてよー、」

(……彼氏持ちの女が二股かけようとコナかけてきて、男のほうも据え膳食っちまう歌じゃなかったか、それ。)

うろ覚えだが、平和でのどかな聖クリスマスとは程遠いのはわかる。苦笑いしながら見守っている係の女性と、いつの間にか出来ていたギャラリーの群れに頭を下げて、太歳は冷や汗をかきつつ白ふよを座っているピアノの前から立ち上がらせた。

「あのー、急ぐんで、これで。」

 

徒歩と電車で辿り着いた、予約していたスペインレストランは混雑を極めていた。気軽に立ち飲みできるブースと、着席でゆっくりと楽しめるレストラン部分は仕切られているものの、小皿に入ったタパスや串に刺さったピンチョスの並ぶ前菜コーナーは共通で、好きなだけ食べられるのが売りとあってショーケースの前から人だかりが絶えない。

直輸入だというスペインのビールをあおり、生ハムなどの肉系のつまみを山盛りにしている太歳の前で、白ふよは豆やアスパラの入った皿をフォークでつついている。

「悪いな、うるさかったか? いつもはメシの時間帯はもっと静かなんだが、流石にイブは早くから混んでるな。」

たしかに騒々しくはあるが、明るくてにぎやかで、嫌な雰囲気はない。味見に一口ずつもらったつまみも、どれも美味しかった。

「いい店だ。」

「そりゃよかった。」

白ふよはこういう華やかな場所へ連れて来られると、会話の続かない自分が、太歳にはつまらないのではないかと不安になる傾向にあった。周りの会話は楽しそうに弾んでいるのに、自分達はと。太歳は太歳で、なぜ白ふよが簡単にいかない恋の歌ばかり歌ったのか、気になっていた。

「お前さ、さっき、どうしてああいう選曲だったんだ? 」

「……殤兄さんが、前にカラオケで歌ってた、から? 」

妙に古いラインナップに太歳はそれで納得がいったのと同時に、彼自身の選曲でなかったことにどこかほっとする。

「兄貴かよ。あのひとたまに自信なくして落ち込むからな。赤浪の奴は、兄貴でなけりゃ絶対にダメだっていうのに。」

今や有名なアーティストになった赤浪は、兄の懐こそが羽を休められる鳥籠であると、多忙な合間を縫って頻繁に店に通っている。しかし兄は、弟の前でも恋人を「俺の赤翡翠」と呼んで憚らないくせに、何をこじらせるのか、「若いあいつと俺とじゃやっぱり釣り合いが、、、」などと布団をかぶってほざくこともある。

「殤兄さんの支えがなかったら、浪兄さん、とっくに羽が折れてる。」

前菜を片付け、主菜の牛肉煮込みを頬張りながら、白ふよもぽつりと言った。本当は自分と同じで、人前に立つのが苦手な兄だ。帰れる大樹がなければ、疲れ切って地面に落ちているだろう。自分だって、太歳がいなければ、モデルのバイトなんか怖くてできなかった。

彼がいて、困った時にいつでも助けにきてくれるから。不在で寂しい時間も、今年一年はこの指輪が埋めてくれたっけ。

何気なく左の手元を見て、白ふよは蒼白になった。カトラリーを取り落とし、がちゃりと食器がなる。騒がしかった店内が、一瞬で無音になった。

「どうした? 」

「あ……、あ、」

呼吸ができないほど苦しい。返事が声にならない。かろうじて、震える左手を差し出せば、太歳はそれで察したようだった。が、なぜか白ふよほどには動じていない。

「ああ、指輪、さっきの楽器屋で外して、置いてきちまったのか。飯食ったら取りに行こうぜ。」

そんな、悠長な。落として路上に転がっていて、拾った誰かが返してくれなかったら。そのまま捨てるか売られるかされていたら。

「はやく、探さなきゃ、」

ふらりと立ち上がった白ふよの腕をつかんで太歳が止める。太歳の口から出たのは、信じられないような言葉だった。

「落ち着けって。最悪なくなっちまってても、もういらねぇだろ。」

(いらない、いらないって、どうして——。)

混乱に拍車がかかる。言葉で上手く伝えられない想いを証にして渡したいと、太歳は言って、一年前のクリスマスにそれを渡してくれたのだ。

(もう、俺を好きじゃないから、いらないのか。)

ディナーに誘ってくれたのも、別れ話をする為だった、とか。なのに、何も知らないで。揃いの指輪をつけて外出できるのが嬉しくて、馬鹿みたいにはしゃいで。膨らんでいたカラフルな紙風船をぐしゃりと握りつぶされたように、胸が痛くて声が、言葉が出てこない。

「あっと、そうじゃなくて、その、」

渋い顔をして言いかける太歳の顔をそれ以上見ていられず、腕を振り払って駆けだす白ふよ。慌てて精算し後を追いかけるも、店から見える範囲の雑踏に白ふよの姿はない。

「やっちまった……、」

自分の咄嗟の言葉足らずを、太歳は悔やむ。あの楽器屋は、自分は場所を知っているが、白ふよは覚えているだろうか。わからないが、向かってみるしかない。

 

開けたビール缶がひとつで良かった。と、色とりどりのイルミネーションで飾られた街を走りながら、太歳は思った。息切れはしても、足は止めずに走り続けられる。来た道を、白ふよの影を探すようにして戻り、あの楽器店のある通りのそばまでやって来た。

と、遠くから、サイレンの音が近づいてくる。二種類。パトカーと、救急車だった。まさか、と思って嫌な汗をかく。白ふよがわき目もふらずに走っていて、信号のひとつも見落としたら。たびたびかけているスマホも、コール音がするだけでつながらない。

(どうか無事でいてくれ! )

 

楽器店まであともうわずか。幸い、救急車が止まっていたのは白ふよが行きそうにもない派手な建物の前だったので、胸をなで下ろす。と、目の端で白いロングコートが動いた。やはり迷っているのか、少し歩道を走っては足を止めて、辺りをきょろきょろと見回している。その体が歩行者にぶつかりそうになった。店の看板を探しているのか、斜め上ばかり見上げて周りが見えていない。見つけた安堵感より心配が先に立った。

(ったく、危ねぇだろ。ちゃんと前見ろ! )

雑踏の中である。心の中でだけ大声で叫んで、合流しようと足を速めた時だった。

もうすぐ手が届く。そんな距離まで近づいた最中、何を見つけたのか、その白いコート姿がふらりと車道へ降りた。

「巫謠?! 」

赤いサンタクロースが背後から宅配バイクで近づいてきていた。どこにでもあるチェーン店の、ピザ配達のバイクである。イブだから仮装してるのか、などと悠長に考えている暇はなかった。あの手のバイクは重いのですぐには止まれず、方向転換も意外と小回りが利かない。

寸でのところでバイクと白ふよの間に身を滑り込ませるが、すれ違い様にハンドルががつりと太歳の右腕にぶつかった。

「——太歳! 」

「うわっ、すみませんっ、」

「痛って……、」

 

急に車道に出たこちらが悪いのだから、気にしないで欲しいと言ったものの。相手の側も社規により、そうはいかないようで、店長からその地区を統括するフランチャイズの担当者まで駆け付ける騒ぎになり、太歳と白ふよは、救急外来のある病院へ送られる運びとなった。救急車を断れただけまだましだったが、もう、なくなった指輪を探すどころではない。

怪我をしたのは太歳だったのに、白ふよのほうが真っ青になって項垂れ、問診に来た看護師に怪我人と間違えられるほど意気消沈としていた。

店の場所も覚えていないのに勝手に飛び出し、追って来た太歳に怪我まで負わせて。愛想を尽かされ、別れ話を切り出されるのも無理はない。申し訳なさと自己嫌悪で、顔があげられない。

(俺じゃなくて、もっと相応しいひとが、太歳には……、)

腕のレントゲンを撮って、診察待ちの時間。内科は患者がいたものの、整形外科のスペースはがらんとして彼ら二人のみだった。白ふよは思い切って切り出す。

「お願いが、ある。」

「なんだ? 」

これ以上、好きなひとに嫌われてしまう前に。家が隣同士の、幼馴染の間柄に。

「元の関係に、戻ってくれないか。」

ぎょっとするも、太歳は落ち着いた顔で、震える相手の背を左手で撫でながら、理由は? と尋ねた。

「俺のせいで、いつも太歳は……、 」

業界に入る時に、白ふよの覚悟を知るため憎まれ役を買って出てくれたのも。お偉方に襲われた白ふよを救い出して、モデルの仕事を干された時も。そして、今も。

せっかくのイブなのに、痛いのを我慢して病院にいるなんて。

「……俺といても、いいこと、ない。」

 絞り出すように呟いた相手の肩を抱きこんで、太歳はその頭を引き寄せる。

たとえば、年上の。自分が手を貸さなくともしっかりとひとりで立っているような相手が好意を寄せてくれるとして。自分は心惹かれるだろうか。

そういう相手は正直楽かもしれないな、と太歳は思う。だが。彼の性分は世話焼きであり困ってる人を見過ごせない、つまりはきっかけがあれば人に構いたがりであった。たいていのことならひとりで乗り越えてけろりとしている強さを持つ者よりも、弱みがあり、頼ってくれる相手こそが、彼の承認欲求を満たしてくれる。

言動に振り回され、危なっかしくてはらはらしても。自分がそばにいなけりゃと思わせる年下の相手を、男は放っておけないのだ。だから。

 「俺が嫌いになったのか? 」

「断じて違う。」

そんな返事をされたら、今夜のサプライズにしようと考えていたある計画を、太歳はどうしても今実行したくなった。揃いのエンゲージリングを失くしても、困らないと答えてしまった理由を、正しく伝えなければならない。コートのポケットを探って、目的のものを取り出す。

「手ぇ出しな。」

おずおずと出された手の、左手の細い薬指に。飾り気の一切ない、新しいプラチナのリングが通された。

「今年の、クリスマスプレゼント。ちょっとしたおまけもついてる。」

(この、デザイン、は、まさか。)

モデルのバイトをするようになってから、白ふよは多少なりとも装飾品について学んでいる。太歳がくれたのは、まごうことなきマリッジリングだった。

「本当はもっとムードってもんを考えたかったんだが、タイミング命、だからな。」

使わないフロア部分は照明の落とされた、静まり返る夜の待合室の隅。おまけとして渡された封筒には、白ふよがドラマでしか見たことのない、ある書類が収められていた。震える指で開けば、そこには太歳の名と、住所と、保証人の欄には兄殤と、兄浪のサインも書かれている。あとは自分の名を書き込めばいいだけになっていたその紙と、太歳の顔を交互に見つめる。

「……あ、」

「今はまだ、出せる役所も少ないが。いつか大手を振って出そうぜ。」

 「なんで。……俺でいいのか? 」

返って来たのは少し苦笑いの入った笑顔だった。

「参ったな。そんなに信用ねぇのかよ。」

「だって、」

日頃から、言葉や態度に出して素直に愛情を伝えるのは苦手な太歳である。年下の恋人にはどうしても、上から目線で乱暴な物言いをしやすいと自覚している。彼の不安を取り除くために最大限の努力はしようと考えた結果が、去年のリングであり今年のプレゼントだった。

「悪いな。本当はひとつひとつ、お前のいいとこを上げて説得できる舌が備わってりゃ良かったんだが。昔っから、俺はお前のいいとこも悪いとこも、全部知ってる。全部、見せてもらってきた。」

「うん。」

「その上で、この先もずっと、一緒に生きていきたいと思った。それじゃ理由として失格か? 」

言葉足らずの太歳より、はるかに口数の少ない白ふよの答えを、辛抱強く待つ。

マリッジ。一生、一緒にいると覚悟を決める事。これを用意するまでに、太歳が費やした時間と費用と、情熱を思う。それだけ、自分の事を、このひとは考えてくれているのか、でも。様々な思考が心の中を駆け巡って、ゴールが見つからない。

俺はあなたに相応しいのか。迷惑ばかりかけるのに、そばにいていいのか。

「……わからない。でも、」

「でも? 」

いつの間に替えたのだろうか、エンゲージではなく、同じデザインのシンプルな指輪が太歳の左の薬指にはめられていた。太歳は、優柔不断な面もあるけれど、肝心な時には決断が早く迷わない。その決意を見ていたら、胸の奥からすとんと言葉が出て来て、唇を開かせた。

「一緒に、生きたい。」

「やっと、言ってくれたな。」

 

今はまだ、もらったプレゼントに名をかけないけれど。いつかきっと、この指輪にふさわしい、自信を持って釣り合えるような人間になって、必ず隣に名前を書くから。

「一緒に、生きよう。」

繰り返されたその言葉に大きく白ふよが頷けば、嬉しそうな笑顔と共に唇が近づいて来た。

 

「あのーぅ、、、そろそろ、」

気まずそうに扉の隙間から声をかけてきたのは当直の医師だった。ふたりは忙しい医師を待たせたことを赤面しながら平謝りに謝って、診察後用意された湿布の袋を持ってタクシーに乗り込んだのだった。骨に異常はなく、打撲で済んだのは幸いだったが、心配した白ふよがつきっきりで世話に勤しんだ(もちろん夜も)ので、怪我の功名と年上の恋人もとい夫となった太歳はこっそりとサンタクロースに感謝した。

 

くだんの指輪は、きちんと楽器店で保管されていた。ピアノ弾きは指輪をつけないか、演奏前に指輪を外すことが多く、楽器店の店員も別のテーブルにジュエリーボックスを用意していた。彼女は演奏を邪魔しないようにジェスチャーで太歳に、天板の上の指輪とジュエリーボックスとを交互に指さし、頷いてボックスに指輪を入れたのは太歳だった。

「弾きに来て、忘れていかれる方けっこういらっしゃるんですよー。」

指輪の持ち主の青年の指に、あらたな指輪がおさまっているのを見つけた係の女性は、にこにこしながらふたりにそう言った。

 そんないつかのメリークリスマスは、決して色褪せることなく今もふたりの思い出に残っている。