紅浪白浪歌合戦
西幽玹歌見ちゃったら、紅白歌合戦がどうしても、紅浪さんと白浪さんが歌ってる合戦に見えてしまって。同一人物なのだけどね、どうしても紅浪さんのご本尊と映画の白浪さんがたいして似ていなかったから、声は一緒でも連続性のない別人に思えてしまうんだろうな。白浪さんを作る時に十体くらいNGが出たというのも、そのままOKが出てたらさらにどれだけかけ離れていたのだろうと考えると、NG出したひとグッジョブ、と思ってしまう。
でも実際にこのふたりが共演するとしたら、現パロの世界線しかないわけで。うちの現パロだと兄弟パロかな。
太歳に結婚指輪を貰って、年が明けて二か月ほど。白ふよさんは兄の赤浪さんのシークレットライブにコーラスで一部参加する。そっくりな声のふたりは、掛け合いで歌うところの息もタイミングもばっちりで、まるでひとりの人間が続けて歌っているようにも聞こえる。
ライブ終わりの楽屋に白ふよを迎えにきた太歳の指に、白ふよと同じ指輪を見つけた赤浪さんは、嬉しいような羨ましいような、複雑な心境に陥る。婚姻届の保証人欄に名前を書いてくれと太歳に頼まれた時も、同じような気持ちになった。弟の幸せは心から願っているけれど、赤浪の惚れた相手はひとを束縛するタイプではないので、きっと証はもらえない。
それでいい。優しく甘やかしてもらえるだけで、十分だ。
打ち上げは参加しないという太歳と白ふよを見送って、バンドのメンバーとスタッフを慰労し、いつもならば遅くなっても殤の住む家に戻るところを。なんとなく弟とその恋人の指に光っていたリングの面影がちらついて、少しだけ胸が苦しくなって、赤浪はタクシーの行き先を自宅に変えた。
それから数週間。仕事が立て込んだせいもあり、時折電話をするだけで、赤浪は殤とは顔を合わせずにいた。
「……兄さん、兄さん? 」
「え、」
白ふよに肩を叩かれて、我に返る。自宅のリビングで次のドラマ主題歌の仕事の資料を眺めていたのだが、ぼうっとしていたらしい。
「悪い……、」
「大丈夫? 疲れた顔してる。 」
「寝不足なだけだ。」
「なら、いいけど。今日はオフでしょ。太歳が神戸から戻って来る日だから、殤兄さんのところで四人ですき焼き食べようって。」
隣人であり弟の亭主となった太歳が、クール便で、仕事の滞在先で美味だった神戸牛を送ってくれたらしい。
すき焼きは、食べたい。でも、まだほんの少し、お前達の揃いの指輪を見るのが辛い。赤浪は資料に再び目を通すふりをして、言った。
「俺は、いい。お前だけ行って来い。」
「……やっぱり、兄さん、反対してる? 俺じゃ、太歳に相応しくないって思ってる? 」
「……は? 」
思いもよらない弟の言葉に、赤浪は動揺してソファから立ち上がる。
「太歳に聞いた。書類にサインもらった日からずっと、兄さんが殤兄さんを避けてるみたいだって。もし、もし殤兄さんに言われて仕方なく書いたんだとしたら、取り消してもいいから、だから、」
「人の人生を左右する紙きれだぞ、仕方なくなんて半端な気持ちで保証できると思うのか! 」
赤浪は叫んだ。それは弟の誤解である。でも、誤解でないと説明するなら、本音も一緒に言わなければならない。少しでもふたりを羨ましいと思った顔を、殤に見せてしまうのが嫌だったと。
「……反対なんかしていない。殤を避けてもいない。」
でも、とその先を口ごもってしまった兄の手を、いつもは大人しく言われるがままだった弟が、予想外の力で引いた。
「じゃあすき焼き食べよう。兄さん最近痩せたし、ずっと元気ないから、肉を食べたら元気が出るよ。」
心配させていたのか。もしかしたらすき焼きというのも、弟が太歳に相談して考えてくれたのかもしれない。こうなっては兄失格だと思いながら、渋々頷いた。
「おう、来たな。」
「うん。」
「痩せたか? 」
「そう見えるなら、そうなんだろう。」
ああ、惚れたらどうでもよくなるものなんだな。そう赤浪は頷いた。
会うまではいろいろと考えてしまっていたのに、久しぶりに殤の顔を見たら肩の力が全部抜けて、弟と太歳を羨んだことも、どことなく会いづらかった間の悩みも、赤浪はどうでも良くなってしまった。
心の底ではきっと、ずっと殤に会いたかったのだ。これが惚れ抜いているということなのだ、仕方がない。我ながら現金なものだと思いながら、具材を運ぶ手伝いをするのを口実に、弟達の眼のない台所で、殤の背中に手を回す。
「どうした? 」
「殤の、匂いがすると思って。」
「……後で、な。」
「うん。」
惚れた相手と一緒にいて、可愛がってもらえるのだ。他に何を望もうか。なんだかすっきりとした心持ちで、籠に山盛りの野菜を運ぶ。
太歳が奮発したという肉は十分にサシの入った良いもので、いつもさほど食べない白ふよまでもが大いに食べた。太歳と白ふよの指には相変わらず指輪が光っていたが、赤浪はもう気にならなかった。
この肉と葱の旨味の溶けだした割下で、米が食いたい。四人の意見が一致し、殤が四人分のご飯を盛ろうと台所へ消えた。
戻って来た盆の上には四つの椀が並んでいる。二つは見覚えのある来客用の茶碗だが、もうふたつの椀は、いつもここで食事をする際に殤が出してくれるご飯茶碗とは違っていた。
来客用の青い花柄の茶碗を太歳と白ふよの前に置いた後で、ふたつ揃いの、白地に赤い南天の絵柄のついた茶碗を、殤は自分と赤浪の前に置いた。
太歳と白ふよは互いにちらりと目を見交わしただけで、礼を言って椀を取り、すき焼きをおかずにして飯をかきこみ始める。
「どうした? もう腹がいっぱいか? 」
「……ううん、食べる。」
両の手の平で茶碗を持ち、赤浪はしげしげと眺める。店で扱っている品とはまるで桁が違う、良いものだと直感でわかる。ずっしりとして、盛られた米がきらきらしている。初めて与えられた、殤と揃いの品。これはきっと、夫婦茶碗というやつで。
「今はそれで、辛抱してくれ。」
耳を染めて視線を逸らし、殤がそんなことを言うものだから。
「うん。」
初めて赤浪が夫婦茶碗から食べた白米の味は、甘めのすき焼きをおかずにしても、すっかり塩辛くなってしまったのだった。
ちなみに茶碗で気分的に慣れたのか、箸、皿から歯ブラシにタオルに浴衣と、日常使うものがどんどんとお揃いになって行き、指輪まで辿り着いたのは弟達の一年後の話であったという。
という妄想で今年は終わり。来年も殤浪を楽しんで生きる。お目通ししてくださってる皆さまありがとうございます。どうぞよいお年を。