殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

厄災の神と白玉の巫子 二

ずっと、大勢の人間の泣き声が聞こえる、と男は思っていました。

親を失い、子を失い、嘆き哀しむひとびとの声です。飢えと渇きに怯え、病を恐れて震えている。沢山の辛そうな声の集まりが、耳の奥でわんわんと響くのです。

(どうにかしてやれるんなら、してやるんだけどよ。)

聞こえるばかりで、どうにもできないのです。

日の差さない地底の奥底を、闇に溶け込む姿でうろうろと彷徨うのが、その異形の男の宿命でした。土地に縛られて存在を残す男です。谷底から日の差す世界へは出られません。耳を塞ぎたくとも、塞ぐ手立てもありません。

恨みがましい声。怨嗟の声。嘆きの声。そんな聞きなれた音の羅列の中に。

じゃらりと。割って入った清冽な音がありました。

(なんだ? )

琵琶の音と、ひとの声。高く、低く、音量はかすかながらも冴え冴えと。

地面に伏せていた顔をがばっと上げ、もっとよく聞こえないかと、男は闇に塗りつぶされた影の上体を起こしました。知らず、両手が空へと伸びました。

遠く、消えそうな思い出の中にしかなかった太陽が、白い雲をひいて落ちてきました。

 

受け止めたものをみて、男は息がとまるほど驚きました。

落ちて来たのは、頬骨の出た、やせて鎖骨の浮いている子供でした。真っ白な死装束をまとって、背中には赤い琵琶を背負っていました。生まれたときから伸ばしているような、長い長い夕陽色の髪の毛が、子供の体を覆っていました。

(生贄が来たか。そんなに状況が悪いとは。)

 

「あなたが、神ですか。」

落ちて来た子供を、壊れ物のように大事に地面に降ろした時でした。呼ばれるとは思わなかった男は、ぎくりと背中を震わせました。彼らがいる谷底は、光の入らない真っ暗な世界です。人間にはおろか、獣でも闇が濃すぎて、何も見えるはずがないのです。けれどもその子供の眼はちゃんと、男の顔をとらえていました。

「なんで視えるんだよ。」

闇と同化した声帯を震わせて、男は数百年ぶりに喉を使って喋りました。子供は困惑したような素振りで、黙り込んでしまいました。

「別に視えてるわけじゃねぇんだよ。こいつ浪ってんだけどよ、母親にめっぽう五感を鍛えられててな。目を使わなくとも気配で、周りの様子が手に取るようにわかるのさ。」

男はあっけにとられました。最初の子供の声とは全く違うしわがれ声が、子供の背後から滔々と聞こえたからです。どうも、子供の背負った琵琶から霊力を感じます。

付喪神かよ。」

「ま、似たようなモンさ。あんたの足元にも及ばねぇけどなー。おっかねぇ神様。」

男は、長々とため息をつきました。

「別に神さまやってるつもりはねぇんだけどよ。気がついたら、いろんな厄介事を背負わされて、こんなところに長滞在するはめになっちまった。ったく、難儀な話だぜ。」

「神様、ではないのですか。でも……、」

張りのある声で、闇の中から応じた相手。落ちて来た浪を支えて、傷つかない様にしてくれた相手からは、とてつもなく大きな気配がしました。人間の言葉をしゃべっているけれど、ただの人の気配ではないとわかります。

今の巫謠にはどちらでも、どうでもよいことでした。谷に住まうものへの贄。その為にここへと来たのです。

「神様だったら、どうする? 」

面白がるように問うた、巨大な気配の存在に、巫謠は己の役割を再確認しました。

膝を折り、両手を地面につき、深々と腰を折ります。

「俺が、贄です。どうか、この命と引き換えに、疫病をおさめる慈悲をくださいますよう。」

お願いします、と重ねて言ったきり、子供は頭を上げずにじっと答えを待っているようでした。