殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

厄災の神と白玉の巫子

昔昔のお話です。

 

ある地方にある山里の村に、琵琶を弾く童が暮らしていました。幼いうちに母を失い、村外れの小屋にひとり住む仕儀になったその子供は、酒処で楽を奏でて日銭を稼いだり、村人の農作業を手伝って野菜を分けてもらったりしながら、どうにかその日その日を、たったひとりでしのいで生きていました。

夕陽の色の髪をしたその子の名を、巫謠といいました。

愛想の良い子供ではありません。話すのが苦手なのか、構っても押し黙り、悪ガキが戯れに木の枝でつついても黙り込みます。けれどひとたび歌わせれば、歌声は堂々と風を鳴らし、別人のような覇気を帯びさえします。歌は上手いけれども変わった子。野良仕事を任せれば、真面目に懸命に働くけれど、笑顔もなくとっつきにくい子供と、巫謠はどこか村人から遠巻きにされていました。

 

巫謠が十三になった年。村に長い日照りが訪れ、悪い事には疫病が流行りました。

食糧が乏しくなり、体の弱い年寄りや幼い子供達が病に倒れていきました。

村には言い伝えがありました。災いが続くのは、山近くの深い谷、鬼歿之地と呼ばれる荒涼とした谷底にすまう地底神が、機嫌を損ねて厄災をもたらしているのだと。鎮めるためには、谷に生贄を捧げなければならないとされてきました。

 

小屋の戸を叩く音で、巫謠はまどろみから醒めました。普段であれば誰が来たものか、すぐに気づきます。気づけなかったのは、もう何日も食べるものを口にしていなかったのと、疫病の熱に侵されていたためでした。

やってきた村長の親族の女性達は、無言で巫謠の世話を始めました。どの女性達もきっと口を結んでいました。白湯や、重湯を与えられ、汗で汚れていた体を拭き清められました。

数日経ち、次第に意識がはっきりとしてきました。みんな、親切心から世話を焼いてくれるのだろうか。けれど、厳しく感情を殺したいくつもの顔を見れば、そうでないことは巫謠にもわかりました。

どのみち、放っておかれれば通らざるを得なかった冥府の門です。乱れた髪を梳き、母親のように世話をやいてくれる複数の手の温かさを感じれば、選べる道はひとつでした。村長の娘がそばに来たのを眼で呼んで、その耳元に囁きました。

 

翌日。貴重な水を沸かした風呂で洗い清められ、女達が寝ずに縫った真っ白な絹の衣装を着せられた巫謠は、男衆の担ぐ輿で山道を運ばれていました。背には赤い琵琶を背負っています。握りしめて離さないのを、誰も咎めはしませんでした。

輿はゆっくりと山を登り、大きく下り、やがて木の一本も生えないような、岩だらけの谷へとたどり着きました。底の見えない、深い谷の奥には、地底に住まう太歳神がいるといいます。断崖にある、注連縄の張られた二本の丸木の間に、ひとつ呼吸をして巫謠は立ちました。

誰も何も言いません。そういう決まりになっていました。輿の運び手に選ばれたのは、酒処の店主や、よく巫謠に歌を注文していた常連の客達でした。

最期に、歌いたいな、と巫謠は思いました。背負っていた琵琶を胸の前で構え、病み上がりで声は通りませんでしたが、彼らからよく求められた一曲をひとくさり、忍びやかに歌いました。痩せた指が、縋るように弦を押さえます。岩ばかりの寂しい谷間に、大空を裂いて飛ぶ鳶の風切り羽のような、景色を変える歌声が響き渡ってゆきました。

歌い終わり、聴衆の顔を見ないままでぺこり、とお辞儀をして琵琶を背負い直し。

躊躇いなく、崖の端から身を投じました。