厄災の神と白玉の巫子 三
なんとかしてやれるんなら、してやりたい。
やれるんならとっくにやってる。
目の前で小さく丸まっている子供の背中に投げかけようとして、闇と同化した男は口を噤みました。
痩せこけた、小さな子供でした。
かつて地上で人として暮らしたことのある男には、共同体における生贄に選ばれるのが、どんな存在であるのか察しがついていました。
手が届かぬほど高貴であるか、またはその逆か。
男はまた、長いため息をつきました。
「命と引き換えってのは、死ぬってことだ。お前、その意味をちゃんとわかって言ってんのか。死んじまったら、もう歌えねぇんだぞ。」
琵琶の音と一緒に聞こえてきたのは、この子供の歌だったことでしょう。今は最期と思い定めた時にも心の支えとしたなら、どれほど歌が好きなのかわかろうというものです。
「……ふ、」
「はーあ。」
奇妙にも、頭を下げたままの子供から忍び笑う声がし、背中の琵琶はあきれたように声を上げたのです。
「何がおかしい。」
「……ごめんなさい。でも、神様が。昨夜の聆牙とおんなじことを言うから。」
聆牙とは、この喋る琵琶の付喪神のことだろうか。そう疑問を抱くと、琵琶も続けました。
「これでもよ、知ってる限りのひとの情緒ってやつで説得を試みたし、こっそり逃げようとも言ったんだけどな。コイツは聞きゃしなかったのよ。」
馬鹿だよなぁ、と言ったその声はどこか清々しい響きがありました。
「そこまで恩義を感じるほど、村の連中に大事にされてたようには正直見えねぇけどな。」
男は訝しみました。
「おう。さすが神様ともなりゃお見通しだな。仰せの通り、大事にされてたとは言い難い。」
だがな、と琵琶は言った。
「親がいないからと邪険にしたり、石を投げて追い出したりもされなかった。可愛がられもしなかったが、苛められることもなかったのさ。ほどほどに助けて、後は好きなように放っておいてくれた。浪のような奴には、居心地の良い場所だったんだ。」
まるで自分の心情を代弁してくれたかのようなそれに、子供も頭を下げたままでこくこくと頷きました。
「みんな俺の歌を、いいって言ってくれた。だから、いい。」