殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

手と足と

年が明けて、静岡県で西幽玹歌の上映が始まっているという。円盤の情報がなかなか出て来ず、裁縫しながら気を揉んでいる最中なれど、関東圏内ならともかく東海地方までは遠征する勇気がでない。早く発売情報来ないかな。かなり西幽玹歌ロスになっている。

年末にかけてつらつらと殤浪妄想を書き留めてきたけど、そういえばうちの現パロだと設定上、琵琶の聆牙さんを絡めるのが難しいのに気付いた。でも擬人化するとどうしても、三角関係になって聆浪の深みに落ちていってしまう。

殤さんを好きな浪さんを応援し、笑顔で支えながらも、心の底では浪さんを諦めきれない聆牙。煮え切らない殤さんとの恋に疲れて、傷ついていく浪さんを抱きとめる為に、いつでも自分の両腕は開けておく。

 

 

「明かりもつけねぇで、どうした、浪? 」

暗い室内で、寝ているのかと思われた住人は、床に座って膝に顔を埋めていた。数日前から無生が浪と連絡がとれないというので、アパートの合鍵をもった聆(りょう)が様子を見に来たのだ。

声をかけても返事がない。浪がこういう落ち込みようを見せるのは、大抵は彼の血縁のない叔父、殤がらみであると相場が決まっている。遠慮もみせずにそばへ寄ると、聆は部屋の灯りをつけ、伏せたままの浪の髪を容赦なくぐしゃぐしゃとかき回した。泥沼に浸かっている襟首をひっつかみ、ひとまずは手荒にでも沼から出さなければならない。内に籠りやすい子供であるが、喉に詰まっている泥を吐かせれば、ちゃんと己の言葉で語れるのだ。

「ろーう。何があった。叔父さんと喧嘩でもしたか。」

ずばりと切りこめば、子供のようにいやいやと首を振る。

「言わないんなら直接殤んとこ行って聞くぞ。お前さんの甥っ子が滅茶苦茶へこんでて仕事の電話にも出ないし、久しぶりに日本に帰ってくる友達にメールも返さないんだがどうしたんですかってな。」

「……無生、帰ってくるのか。」

小声で反応が返った。気になったのはそこか、と可笑しくなる。どうせスマホも見ていないのだろう。

「居るのは数日で、すぐ戻るらしいがな。返事が来ないから心配してたぞ。」

「知らなかった。」

憔悴した面持ちでのろのろとローチェストに置かれたままのスマホを取り、確かめている。聆は持参したビニール袋の中からペットボトルの炭酸水と紙包みを取り出し、浪の鼻先へ差し出した。

「食ってからでいいだろ。腹が減ったまんまじゃ、まとまる考えにも羽が生えて飛び去っちまうよ。」

浪が温もりを保つ紙袋を開けると、そこには白い中華まんがふたつ入っていた。湯気の匂いからすると、ひとつは肉まんだろうと思われた。忘れていた空腹が蘇り、包みを手にしながら、浪は聆の顔を見上げる。

「冷めないうちに食いな。」

優しい笑みに後押しされて口にすれば、ふわんと柔らかい皮の奥から玉ねぎと醤油味の肉汁が流れ出して来た。

 「……うま、」

舌の上でほわんとひろがる旨味に、思わず浪の声が出る。

「最近じゃコンビニの肉まんも美味くなったよな。」

ものの味がわかるのならまだ軽傷だ、と聆は胸の内で安堵のため息をついた。これが重度になると餌付けを拒む手負いの野生の獣のように、何を差し出しても口にしなくなる。

ひとつめの肉まんを平らげ、炭酸水を飲み込むと、浪は残りの中華まんをふたつに割った。胡麻の香りがするあんが入っている。

「りょうさんも。」

「俺はいいよ。お前、半分じゃ足りねぇだろ。」

 「ひとくち。」

口の前に半分のあんまんを差し出され、苦笑しながらぱくりと噛みつく。

ああ、重傷まではいかないが、かなり傷は深そうだ。浪がこんな風にひとを甘やかすのは、自分が甘やかされたい時だと知っている。じゃれ合いながら千切れたあんまんを食べさせ合っているうちに、いつの間にか聆の膝を椅子代わりにしていた。子供の頃の癖が抜けないまま、浪は知り合った当時の小学生から中学生になり、高校大学と出て、今は若きバンドマンとなった。楽器店の店長としてバンドの活動を支えるかたわら、近所の仲の良い兄貴分の顔を崩さずにきた聆は、大人になれと諭しもしないまま、浪がいくつになっても膝の上であやすのをやめない。

(「りょうさんの腕の中、安心する。」)

いつだったか、そう言う浪に内心意地が悪いなと思いながらもこんな質問をしてみた。

(「じゃ、お前の叔父さんのは? 」)

(「叔父さんは……、どきどきがとまらなくて、胸が痛い。」)

赤くなって答えた伏し目がちの横顔の美しさ。己の全てを注いで、育ての親でもある叔父に恋情を傾けている浪は、恥じらう花のように匂いやかだった。

だからこんな風に、まるで本当の恋人のように密着して互いの体を抱いていても、浪から聆へ向けられる感情の矢印にその気配は存在しない。温かく、座り心地のいい寝椅子に体を委ねているのと変わらないのだ。

けれどたとえ寝椅子でも、支えがないと、浪の生きる世界は崩れる。彼の全てである叔父とすれ違いが生じているというのは、世界とすれ違うのと同義だった。

「なあどうした。言っちまったほうが楽になるぞ。」

「……花火。」

「花火? ああ、こないだのか。花火がどうした。」

ぽつぽつと単語で紡がれるそれらの断片を丁寧につないでいくと、浪のこじれた感情の地図が出来上がっていく。聆はいつも、羊皮紙に描かれた宝の地図のごとくを丁寧に指でなぞって、秘められた宝の在処を暴くのだ。

 

季節外れの冬の花火大会を、珍しく浪は殤と観たがっていた。創作部門の花火師にバンドのファンがいて、スターマインの打ち上げ時に浪のバンドの曲を使ってくれたらしい。

急に殤に仕事が入ったとかで、確かその時は花火がてらのデートがキャンセルになっていた。結局浪は、同じバンドの捲と一緒に見に行ったはずだった。

しかし、仕事のはずだった殤が、その花火を見たと口を滑らせた。浪以外の人物と一緒にいて、ともに花火を鑑賞していたらしい。

「そりゃひどいな。お前もがっかりしただろう。殤の奴、とっちめてやろうぜ。」

いつなんときでも、聆は浪の味方だった。たとえそれが誤解からくる行き違いであろうとも、まずは浪の心に寄り添い、その背を支えるのが習い性になっている。

こじれた糸を解きほぐすのは、その後でいい。まずは殤への聞き込みだ。

「殤にはなにも、言わなくていい。言ったら、束縛が過ぎると嫌がられる。」

嫌われたくないから、耐えきれずに落ち込んでも我慢すると、浪は言う。

「何を言ったって、殤がお前を嫌うもんか。」

「わからない。でも、本当に嫌われたら。」

「りょうさん。……捨てられるのかな、俺、殤に。」

遠い目をして、悲し気に浪が呟く。

「置いて、いかれるのかな。」

 

「そりゃ困ったな。ふたりで追いかけようか。」

哀しい顔を見たくなくて、声を聞きたくなくて、その夕陽の色の頭を強く抱きこんだ。慰める腕も、髪を撫でる手も、そしてきっと誤解を解くべく、浪を殤の部屋へとかついで走れる足も。あの頃欲しくてたまらなかったものは、幸せなことに、今の聆には備わっている。

(お前を守るために、ずっと欲しかった手と足だ。お前の為に、ちぎれるまで使うぜ。)

「はは、心配すんな。どこまででも背負って、一緒に追いかけてやるよ。」

笑いながら言った声に、浪の首がかすかに縦に振られるのを、愛おしく思う。

ふっくらした唇も、まっすぐな恋のまなざしも、殤のもの。けれど、誰よりもそばで支える忠誠だけは、奇跡的にひとに生まれ変わったとしても、聆牙のものなのだった。