厄災の神と白玉の巫子 四
子供と、そして奇妙な琵琶の意志は変わらぬようでした。なら、男は真相を言わなければなりませんでした。
「……鬼歿之地に贄を捧げりゃ疫病が治まるなんてのは、嘘っぱちだ。」
「えっ? 」
子供は伏せていた顔を驚いたように上げて、肉眼では見えない闇の気配を見上げました。男は苦笑して続けました。
「村に降りかかる天変地異の厄災は、厄災の神の怒りによって引き起こされるとでも聞いてるだろう。怒りを鎮めれば災いも遠ざかる。俺もずっと昔はそう習ってたさ。」
子供は、真偽を自分の耳で確かめようとするかのように目を閉じ、耳を澄ませているようでした。
「でもな。神様はなんにもしちゃいない。引き起こされる全ては、森羅万象の綿密な組み合わせから出来上がってる。偶然が偶然を、必然が必然を呼んで、時に人間の叡智の及ばんところから厄ってのはやってくるんだ。わからんものを説明するのに、神ってのは便利なもんさ。」
大きな気配は、まるで人間の大人のような物言いをする、と子供は思いました。勘の鋭い子供の耳には、それが真実であり、嘘を言われてはいないと分かります。
「じゃあ、なんだ。たとえここで今、浪がアンタに命を捧げたところで、疫病には他に理由があるから無駄だって言いてぇのか、太歳神さんは。」
琵琶がこちらの主張したい気持ちを汲み取ったかのように言いました。
「察しがいいな。わかったんなら、こんなとこにいても仕方ねぇだろ。途中まで送ってやるから、地上に出てとっとと逃げな。」
男は以前にも、投げ込まれた生贄を外へ逃がした経験がありました。あの時は大地震が立て続けに起こるのを押さえようと、どこぞの姫君がやってきたのだと、記憶の彼方にぼんやりと思い出します。今更国へは帰れぬと嘆きながらも、姫君は崖を昇って、いずこかへと去っていったはずでした。その逞しさに、人の生の強さと美しさをみて、なんだか嬉しくなったのを男は覚えていました。
この太陽みたいな明るい髪色の子供も、村へは戻れないかもしれないが、きっとどこかで生きていける。地底に縛られている男ですが、身の丈をうんと伸ばせば、闇の薄くなる谷の半分ほどまで手を伸ばしてやることができます。そこから先は自力で戻らねばなりませんが、この子供の軽い目方なら背中の琵琶に励まされつつ、急峻な崖を上がることができるでしょう。
そう思って、子供に手を伸ばしかけた時でした。
「神様は、どうしてここにいるのですか。」
細い首を傾げて、浪と呼ばれたその子が言いました。
「オレも気になった。さっきの口ぶりじゃ太歳神さまはどうも、根っからの神さまじゃねぇみたいだしな。アンタがいつから、なんでこんなところにいる羽目になったのか、興味深々なんだもんねー。」
「あ、あー、」
男は口ごもりましたが、子供の眼は不思議そうに輝き、琵琶のそれは好奇心を湛えてぱちぱちしています。
「人の身の上話なんざ聞いたって、面白くもないだろうに。」
内心で男はそう思いましたが、話すのも悪くはないような気がしました。誰かとこんなに話すのは、本当に久しぶりなのです。