とある望月の補完その三
「どうした? 」
浪の異変に気付いた殤が、あたりを素早く見渡す。が、川原と藪の広がるその先に人影はない。
「……背後に非ず。」
川のせせらぎでかき消されてはいるが、確かに近づいてくる、音と気配。ぎぃ、と軋むわずかな音を聞きつけた浪がはっと見た先は、川の上流だった。
「舟。」
「釣り人か、それとも下流への連絡用の船か。」
「わからぬ。が、一艘に、ひとり。」
不味いな、と殤の背筋にも緊張が走る。この辺りはいったん川の形状が湾曲しているため、流れが緩くなっている。休憩と称して上陸されるか、もしくは舟を寄せて釣り糸を垂れる場に選ばれてもおかしくはない。
もし停泊されたとしても、誤魔化すのは簡単だろう。だが。
巫謠が、怯える。
武器も持たず濡れた着物一枚で、見知らぬ他人と対峙させるのは不憫な話だった。嫌な思いでもさせようものなら、警戒心の強い猫のような男だ。次にどれだけ殤が誘おうとも、力づくで連れ出そうとも、恐らくこの川には二度と水浴びに来なくなる。
(……素通りさせらんねぇかな。)
腕の中の男は、濡れた着物と長い髪を体に張りつかせたまま、殤にはまだ聞こえぬ音の先を睨んでいる。瞬きが増え、口には出さないが不安がっているのがわかる。さっさと川から上がりたいが、相手の出方がわからない以上、今は動くに動けない。
濡れたつむじに口づけを落とし、殤は浪の腰を強く抱きこむと、青ざめてしまった頬に自分の頬を寄せて囁いた。
「両膝をすこし折りな。……しばらく甘やかされていろ。」
「え? 」
聆牙が今背中にいてくれたら、どういうことなのだと代わりに喚き散らしてくれただろう。髪をとかれ、額に口づけを与えられ、尚且つ足の間に膝を入れられた。膝が浪の足の間の谷間を誘うようにゆっくりと往復し始め、浪は意味がわからず困惑する。
(ひとが来ように、何故かような真似を。)
やがて、流れに棹さしながら一艘の小舟が現れた。船上に立て掛けられた長めの釣り竿と深く笠を被った姿形を見れば、初老の釣り人のようである。
釣り人は川遊びをしていたらしい若い男女を見つけると、ここいらの釣果はどうだい、と声をかけるべく口を開こうとして、固まった。男の方が腕に抱いた女に熱烈な口づけを送り始めたのである。尚且つ、一定の間隔で腰を振っている。男の首に縋りついて身をくねらす女は煽情的だ。水面が反射して良く見えないが、あれは、もしや。
……馬に蹴られるのは面倒くさい。邪魔をしたと男に絡まれても厄介である。釣り人は竿をさす動きを速め、さらに下流を目指すことにした。
「話の通じる御仁で助かったぜ。」
浪の息が上がってしまう程の長い口づけを終えた後に、殤はけろりと笑ってそう言った。殤が一芝居打ったのには気づいたが、口づけと絶え間ない股間の刺激に翻弄されていた浪はたまったものではない。
「……人前で、こんな、はしたない。」
息を整えて辛うじて言えば、狙い通りだ、と返される。
「人目を気にしねぇような、その辺の村の、蓮っ葉な若いモンだと思わせときゃいい。なかなか楽しかったぜ。」
「そんな、なんと信じがたい真似を! 」
赤みを増した頬で、口を尖らせている横顔の愛嬌といったら、普段の仏頂面が勿体ないほどである。釣り人のみならず、賢人でも高僧でも女人と見間違えるだろう。
と、ああそうか、と殤は閃いた。件の才女も非常に聡く、賢い。並の人間以上の洞察力を持っている。ならば、先ほどの釣り人のように、語らずとも悟らせることが可能なのだ。悟りえたことを、天命は決して口外しないだろう。
勿論それは、巫謠の抱えている重荷と等分の秘密ではないが。
「さて、そろそろ帰らねぇとな。」
「……やはり、睦姐姐にも話そう。いつまでも黙っていられる筈もない。」
それを聞いた浪は、殤の首に両腕を回したまま、小声で呟いた。哀し気な響きのそれを元気づけるよう、目を合わせて殤はにやりとひとつ笑った。
「まあ待て、早まんな。ひとついい手を思いついた。」
「え……? 」
首を傾げた浪の、開いた細い首筋を目掛けて唇を落とす。そのままじゅっと強く吸いつけば、きめ細かな白い肌に、赤い鬱血の花が咲いた。
「なに、なぜ……、」
動揺して腕を振り払おうとするのを押さえ込み、後ずさる足を己の太腿で固定する。力づくで顔を埋め、所有印を増やせば悲鳴が上がった。
「馬鹿かっ……、襟では隠れぬところに! あっ……!」
「これでもぎりぎりを狙ってるつもりなんだがな。」
しつこいまでの露出した肌への口づけに浪の抵抗が揺らぐ。拒む腕からだらりと力が抜けたのをみて、着物の裾を割って小ぶりな尻を鷲掴みにした。首筋に赤いしるしを刻み付け、時折べろりと舐め上げながら、両手で尻肉をその中心の蕾へ向けて揉みこんでやれば、浪の上げる声にはたちまち艶が混じった。
「やっ、足、ちから、はいらなっ……、体、流される!」
「はは。じゃ、流されんようしっかりしがみついてな。」
確かに川の流れのある中では、両足に力を入れていないと水流に持って行かれてしまう。殤は浮力を利用して浪の足を左右に大きく割り、膝裏に手を入れて抱え込んだ。自身の腰に巻いた布はとうに流されている。川の水の冷たさに曝露されてなお、硬度を失わずに浪を求める己の陰茎の正直さに、殤不患はにぃ、と獲物を狙う雄の笑みを浮かべた。
何が起こっているのか、浪にはわからなかった。親が童に小便をさせるような恰好で正面から抱きこまれ、尻の狭間を固い棒が往復する。首筋への執拗な口づけと、性交を予感させるそれに、背筋がぞくぞくとして息を飲む。
「っ……、不患、まさか、」
「悪いな。口を吸ったらお前が欲しくなっちまった。」
切れ切れに問えば、返って来たのは凶悪な笑顔だった。以前にも壁に背中を押し付けられ、両足を持ち上げられて殤と交わったことはあった。しかしここは足場の不安定な川である。浪が己の目方を預けるといえば、目の前の殤の両肩しかない。もしくは。
「……嘘、だろう。こんな、川の中で本当に、あっ……!?」
声が大きく震えた。
(本当に殤の、御幣が……!? )
傷つけないよう、少し押し入ってはまた引き抜いて、また。ああ、また。繰り返し繰り返し入り口を寛げ、浪の狭路を割ってゆく。
「水、やっ、水が、」
繋がった箇所から熱さとともに冷たさが出入りする。熱さと冷たさと、押し広げられる痛みと、異物の与える強烈な快楽と。五感を鍛えられた浪の鋭すぎる感性は、襲い来る、かつて味わったことのない感覚に翻弄され、錐もみ状態になっている。のっけから、わけがわからない。
「待て……、ふか、あああっ、」
必死で殤の肩にしがみ付く手の力が次第に抜け、けれどもそれは自重で更に深く殤を受け入れる助けになる。良すぎる耳は水が流れる音の他に、めり、ずる、とひだを圧し潰して殤自身が入り込む音まで拾ってしまい、羞恥と甘い背徳に、おかしくなりそうだった。喘ぎながら必死で静止を訴えるが、殤は聞き入れない。
「ここでやめたら、辛いのはお前だぞ。」
喘ぎに苦痛が混じらず、甘さばかりになったのを聞き取ると、殤は腰に力を入れ、探るような動きから大きな上下のそれへと変えた。ばしゃり、ばしゃりと白い泡を立てて水面が揺れる。
「ならん、あっ、はぅ……、また、誰か来たらっ……!? 」
「こら、痛てぇぞ。」
頂点へ向けて高まる性感を押し留めようとしながら、浪は懸命に腕を伸ばし、濡れた殤の顔の脇に垂れていた黒髪をひいた。ここは太陽の照りつける屋外である。先ほどのように釣り舟が、あるいは散策の人間が川原に来ないとも限らない。