殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

音楽コンクール

学園内のあちこちから楽器の音色がいくつも聞こえる。屋上や庭、休憩スペースなどで、学生達が練習に励んでいる。

「そろそろコンクールの時期だな。エントリーするのか? 」

手にしていたバイオリンの言葉に、浪は首を振った。

「競い合いは懲り懲りだ。わたしは出ない。」

「ふようさまー! 」

背後から呼び声がし、浪は振り返った。熱心な取り巻きの少女のひとりが手を振っている。

「な、何? 」

戸惑って答えたのにも笑みを崩さず、彼女はふようのそばへやってきて、大声で言った。

「いま、コンクールの申し込みにいったのですけれど、ふようさま申し込みをすっかりお忘れでしたでしょう? わたくし代わりにお名前を書いておきましたの。」

褒めて褒めて、と言わんばかりの喜色に、浪はがっくりとしてその場にしゃがみ込む。もともと「ふよう」が、周りの人間をそういった受付や申し込みに使い走りをさせていた、という過去があり、彼女的には今までを鑑みて至極当然に行ったことで、悪気はないのだ。

「ふようさま? 」

「……あぁ、すまないな。」

人目があるので気を取り直して立ち上がれば、彼女は車を待たせているので、と去って行った。

「やっちまったなー。取り消しに行くか? 」

「いや。申し込まれてしまったものは仕方がない。」

どの道、自分は出なくとも、聴きに行こうとは思っていた。自分のレベルが他人と比べてどの程度であるのかを知るのは大事である。

「覚えてるだろ。コンクールの後に開かれる、奏者の慰労パーティでさ、お前は……、」

「言うな! 」

浪は声を荒げて遮った。一位になった人間は、無理のない範囲で理事長に希望を叶えてもらうことができる。娘可愛さの親達が審査員を買収し、一位をとってきた「ふよう」が望んだのは、慰労パーティーでお気に入りの殤先生とダンスをすることだった。

ダンスごときで事を荒立てまいと思ったのか、他の誘いはともかく、殤はこの横暴には応じている。ダンスホールの真ん中で、大勢の生徒たちに見守られ、ふたりきりで踊る。殤に好意を寄せるふようにとっては夢のような出来事だった。

けれども金銭で贖われたそれは、汚れた青春の思い出だ。今の浪は両親に、便宜をはかってもらうために一円も出すなときつく言い渡している。

「たとえ実力で一位になっても。あさましい望みは抱かない。」

好いた相手を金銭や権力でどうこうしようなど。もっとも浪が嫌いな行為だった。

 

 

コンクールの日がやってきた。

会場となる学園のコンサートホールには、音楽が好きなものや、友人を応援しようとする者、参加者の父兄らが大勢詰めかけている。ここ数回はひとりの少女が最優秀賞を独占し続けているものの、二位以下の者にも奨励金や学生生活に欠かせない文具などの賞品が出る為、参加者が減ったりはしていない。

親がコンクール用のドレスを用意しようとするのを断って、制服で参加した浪は、三本三つ編みのお下げにオフホワイトのブレザー、赤と緑のチェックの、プリーツスカートといったいつもの装いである。奏者用の楽屋の隅で小さくなって出番を待っていた浪の視界に、白を基調としたドレスを身にまとった少女の姿が目に入った。

白髪のポニーテールに蒼いリボンを結び、赤い目の少女。隣のクラスの転校生だという彼女は、同じくドレス姿の友人達に囲まれて、本番前にも関わらずリラックスした雰囲気で歓談している。

「まさかなー、でもまぁ、今は何かしでかすような奴じゃなかろうが……、」

バイオリンが浪にしか聞こえないほどの音量で、ぼそりと言った。

なんだかどこかで見たことがある、と勘が訴えたのは、錯覚ではなかったのか。ため息をついて、気づかれない様ちらちらと横目で見る。

「……悪の音は聞こえぬ。放っておくが吉。」

「こっちはそうしたいところだがな、そうもいかねぇんだよ。浪、落ち着いて聞いてくれな。……この世界で悪役令嬢のお前さんを弾劾する正義のヒロインは、あの女だ。」

バイオリンの言葉を聞いても、浪の心には大きな波風は立たなかった。「ふよう」であるならば動揺し、攻撃し、排除しようとしたかもしれないが。浪は既に覚悟を決めている。

「あの外道が、悪でなくなったのなら良き事だ。これも因果というものだろう。」

時間が来て、最初の演奏が始まった。楽屋を出て袖で全員の演奏を聞きたいと立ち上がった浪に、軽やかな声がかかった。

「あの、あなたがふようさん? 毎年一位をとっているっていう? 本当に? 」

浪の出で立ちを見て、なぜか怪訝そうに首を傾げているのは、件の転校生の凜せつあだった。

聞きようによっては不躾なそれに、浪は苦笑した。毎回誰よりも豪奢なドレスとアクセサリーを身にまとい、プロの手でメイクを施され、専用の楽屋で過ごしていた「ふよう」である。聞いていたその像と、今の浪とが合致しないのだろう。

「そうだが、何か? 」

「いえ。私、今日のコンクール。実力であなたに勝ってみせますから。」

笑顔の下で、挑発的なセリフだった。なるほど、正義感の強いヒロインだという。審査員に金を渡して一位をとってきた「ふよう」の存在が許せないのだろう。それはよくわかる。浪だって「ふよう」の所業は許せない。だから、実力を持って最優秀賞がとれたら、自分で自分を少しは許せるかもしれないと思って参加を決めたのだ。

「ご随意に。」

無表情でいうと、これまた思い描いていた返事とは違ったのだろう。凜は怯んだように一歩後ずさる。確かに「ふよう」なら、売られた喧嘩は買うとばかりに居丈高に喚き散らし、本番前の前哨戦が始まったはずだった。

これでは、凜が一方的に突っかかっただけで終わってしまう。相手にしないとばかりに、浪はバイオリンケースを手に舞台袖へと向かった。