殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

令嬢の反省

先日の、悪役令嬢に転生してしまった浪さんの妄想の続きをだらだらと。

 

バイオリンケースを片手に、浪は人の来ない非常階段に座って、埃っぽい壁をぼんやりと眺めていた。

出してくれ、というようにケースが震えた。鍵を開けてやると、人がいないのを幸いに、琵琶から今はバイオリンになった聆牙が話しかけてくる。

「思い出してくれたのは嬉しいが、お前にとっちゃ辛いよな。ここでの令嬢ふようは、前世のお前さんとは180度違う性格の人間だ。」

「……そう生まれ変わってしまったものは、仕方がない。せめて、お前がいてくれてよかった。」

体育座りで腕に顔を埋め、くぐもった声で浪は答える。昨夜もざっくり言ったが、と前置きして、聆牙もまた辛そうに続けた。

「ここはいわゆる、乙女小説の舞台みたいでよ。学園には転校してきたばかりのヒロインがいる。可愛くてまっすぐで正義感が強く、彼女に惹かれて同級生や教師、理事長までが恋をする。お前さんはそんな学園の裏を牛耳る悪の令嬢で、ヒロインの恋をことあるごとに妨害するってぇ役どころさ。笑っちまうだろう。」

「そんなことをして何になる。」

「だよなぁ。いずれ、悪のご令嬢はヒロインにたてついたかどで断罪される。待ってるのは学園追放だ。」

はっと顔をあげて、浪はバイオリンの、昔は鬼面のついていた琴頭の、今はただのバイオリンの頭部になっている部分をまじまじと見つめた。

「自分から出て行ってもいいのか? 己の所業を省みれば、既にいたたまれないが。」

「できないことはないと思うけどよ。お前さんちは名のある名家だからな。転校できるかどうか、今の親御さんと相談はすべきだと思うぜ。」

浪の顔が曇る。今の両親は、ひとり娘を溺愛していた。悪い人たちではないのだが、娘可愛さが先に立って、判断力が鈍り、娘の願いならなんでも叶えようとしてしまうのだ。望めば転校はさせてもらえると思うが、この学園の理事長と両親とはかなり濃い縁故がある。多額の金銭を渡してふように特別待遇をさせていたのだ。簡単に転校できるかどうかはわからない。

「いずれにせよ、学園は追放されるのだろう。因果は巡る。己の咎の代償は甘んじて受けよう。」

「そーんなに簡単にあきらめちまっていいのかよ。何かやれることがあるかもしれないぜ。」

浪らしい、と苦笑しながらも、バイオリンは助言した。

「無論、捻じ曲げてしまったところは全て正すつもりだ。それと。」

バイオリンと弓をケースから出して、布をあててあごに固定する。

「お前の練習も。俺はおだてられるに任せて、すっかりさぼっていたようだな。」

「おうよ。小さいうちから英才教育を受けてたんだがな。練習せずとも天才だなんだと取り巻きにもてはやされて、ふよう本人もその気になって、途中で投げちまったのよ。だが今の浪なら、すぐに勘を取り戻せるさ。」

 

誰も来ない非常階段で、動かない指にじれつつも熱心に練習を重ねる三つ編みの浪は、つい数日前には常にひとに囲まれ、カールした赤毛を振り乱しながら、にぎやかなおしゃべりとおべっかに埋もれていた金満令嬢にはとても見えない。

階段から漏れ聞こえる音は、前世のものと違えず、気高く美しい響きをしていた。

ジャージ姿で校内を巡回していた殤の耳にも、それは届いた。誰かがバイオリンのフレーズを弾いている。幾度も繰り返される小節は、武道の型の鍛錬のようだった。

(誰だか知らんが、綺麗な音だ。)

校内で弾いているのだから学生だろうが、学生はだしの腕前だと、素人の耳でもわかる。足を止めて音の出どころを目で追いながら、殤はにこりとした。彼は努力をする人間は好きだった。

(今度の学内コンクールにでも出るんだろうな。こりゃ、聞くのが楽しみだ。)

西幽学園では半年に一度、音楽のコンクールが行われる。最優秀賞をとれば理事長から特別な褒美がもらえるとして、腕のある者達は意気込んでいる。が、ここ数回は全て、同じ人物が受賞し続けていた。しかも、実力ではなく、審査員達に賄賂を送って点数稼ぎをしているともっぱらの評判である。

「頑張ってる連中が、また残念なことにならなきゃいいが。」

審査の不公平さを訴えても、この学園では取り合ってもらえない。諸悪の権現の少女を思って、殤はため息をつくとともに、ひたむきに練習を続ける音の主に心の中でエールを送った。