殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

だんなさまの音 陸

幸いにも、飲酒運転の主は誠実な人物だった。軽率だったと平謝りに謝ったほか、退院するまで保険会社を通じて幾度も連絡を寄こしたので、殤も怒るに怒れない。ましてや浪は、自分も避けきれなかったからと入院中は淡々と事態を受け止めていた。外傷が少なく済んだのは、その良すぎる耳のおかげであった。その能力がなかったらそもそも、まともに衝突してひとたまりもなかったに違いないと、後から考えれば体の芯から身震いする。

退院後の浪の暮らしは事故の影響をまともに受けていた。身体の打撲は治っても、浪の耳の奥で銅鑼のように鳴り響く耳鳴りはおさまらない。作曲の仕事は難しいものとできるものに分かれた。前者は断らざるを得ず、後者は納期を延ばしてもらったが、浮かんだメロディが四散して集中力が途切れ、悩みながらの対応となった。

心配性のだんなさまは、接待の飲みも遠ざけて、早々に帰宅するようになった。仕事上の付き合いは大切だからと、浪が今や彼の言葉代わりになった白紙のノートに綴ってみせても、首を振って問題ないと言う。

疲れて帰ってくるだんなさまに、余計な負担を掛けたくない。出来る限り元通りにして、なんでもない顔でいたい。自分の話し声が変に歪んで湾曲し、大きく響くので、長い会話はすべて手書きになったけれど。もともと喋る性質ではないので、困りはしない。

でも。

 

隣に眠っている、だんなさまの音が聞こえなくなった。

 

すぐ隣にいるのに、ものすごく遠い。寂しくなって手を伸ばしたくなっても、起こしてしまうのが申し訳なくて、浪はその手を抱いて目を閉じる。耳鳴りは昼夜なく彼を苛む。身じろぎせぬよう息をひそめて、背を向けている。寝具を伝わってくる体温が唯一の、長い夜の拠り所だった。

 

寂しい。だんなさまの音が聞こえないのは、寂しい。

 

うまく聞こえないと知っていても、殤は以前と変わらずに話しかけてくれる。戸惑っているとノートに書いてくれる。コミュニケーションは前よりも細やかになったくらいだった。それでも、音を聞いて悟っていた、浪が全身で毎日聞いていた殤は、目の前に見えているのにかすんでおぼろげなのだった。

音以外から読み取れるだんなさまを、浪は懸命に追おうとする。けれどそれはやはり、長年頼りきりにしていた音ほどは、知りたいことを伝えてくれない。音を聞いて、わかっているつもりで、安心していたのに、それがなくなったら。

あなたのために、なにをしてあげられるんだろう。

耳鳴りの五月蠅さは、次第に慣れた。けれど浪は、聞こえないままのだんなさまの心に触れるのに慣れず、そんな自分に焦燥を抱くようになった。