ミソ儀
ごくり、と。息を飲む音が脳天から響いて抜ける。浪の語った夢の情景を、なぞりながら聞いていた殤は、最後のところで思わず鳥肌が立つのを感じていた。
「お前……、避けたんだろうな。」
そんな殤の心中を知ってか知らずか、浪は訥々と、話を進める。
「いや。……避けなかった。」
「どうしてだ。」
「俺の、せいだからだ。孝行と、償いになろうかと。」
言葉数の少ない男の言い分は、いつ聞いてもわかりにくい。要は、浪が母親の死を自分の責任だと感じていて、己の命を素直に差し出すことが、親孝行であり罪過の償いにつながると、そういう話だろうかと殤は解釈する。
「で、おとなしく母さんに斬られてやったってのか。そりゃたしかに、悪夢だな。」
「斬られなかった。」
「はぁ? 」
裏返った声で聞き返すと、浪は辛そうに目を伏せた。
「……斬られたのは、お前だ。」
横から、かばって。
そう言ったきり、浪は口を噤んでしまった。
目の前に、刃を振るわれそうになっている浪がいたら。全く抵抗を見せずに、その首を差し出そうとしていたなら。それは確かに体が自然に動いて助けただろう。殤でなくとも、天命でもきっとそうしている。旅を共にするうちに彼らの絆は出会った当初よりもずっと深まっていた。見返りを求めない浪の献身ぶりに、日頃甘えているのは殤達のほうであったのだ。
「あ~、」
身内が親しい人間を傷つけて、平常心でいられるはずがない。体の芯も凍るような冷水を浴びても落ち着かない風情だった浪を思い出し、だろうよ、と頷く。
「それで、お前はその後、どうした? 」
問いかけの後で、沈黙が続いた。殤は辛抱づよく待った。
「殤の、血を見たら。体中が引き絞られるように痛くなった。」
蚊の鳴くような、か細い声で浪がようよう言う。どさりと倒れた目の前の男。なおも振るわれる銀の光と、狂気じみた鈴の音。懐かしい母の面影。巫謠、逃げろ、と叫ぶ声が聞こえて、自分の手にはいつの間にか刀に変じた琵琶があった。
「母上の刃は、とまらなかった。だから、」
「母を、斬った。」
浪の手の平にあった飲みかけの湯呑が、傷になりそうな勢いでどん、と床へ滑り落ち、ごろりと転がった。
「俺は、母を、二度殺した。」