殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

愛を謡う獣 書きたいところだけ

「森で育った子供が見つかったってのは、本当かい? 」

有名大学に所属する人類学者、殤不患は、フィールドワークで出かけた村で小耳に挟んだ情報を、馴染みの集落の族長に現地語で尋ねた。

「わたしたち、前から森に子供がいるのは知っていたよ。お前らが知らなかっただけだ。あの、『聖なる咆哮の狼の子』を。」

幾つになるのかわからないほど年を取り、長いあごひげを引きずった長老がぼそぼそと答える。

「ん? わかりにくいな。ハウルオブウルフってとこなのか。そいつはこの辺りの一族と、関わりがある子供なのか? 」

「いいや。昔、金属の大きな鳥が森の外れに落ちた。あの子はその鳥が連れて来て、森に棲む狼が育てた。」

文化人類学を専門とする殤にとっては、現在インタビューを続けている族長率いる一族も興味深いものだったが、子供の話はいっそう興味をそそるものだった。

「大きな鳥……、飛行機か。この先の森に墜落したって事故のニュースとも一致するな。」

生存者はいなかったという話だが、もし、乗っていた子供が生き延びて、伝承通りに狼に育てられていたとするならば。そして今回人里近い場所で目撃されたとするならば。

「会ってみたいな、そいつに。」

「大きな満月が出る夜に、川辺にいるといい。運が良ければ、『聖なる咆哮の狼の子』が謡う。だが、狼の子は耳聡い。すぐに逃げてしまうのさ。」

嗜好品がわりの草の葉をもごもごと噛みながら、族長は肩をすくめてみせた。

 

◇◇◇◇◇

満月の夜。川面に張り出した大きな岩の上に、その子供は四つ這いで現れた。

月明かりに照らされて、狼のたてがみのような、ふさふさとした長いオレンジの髪が光っていた。ほとんど生まれたままの姿で、腰の回りにだけ草で編んだような縄を巻きつけている。

やせてはいるが、しなやかな手足が本物の狼のようにしなる。

そして、子供は。大きく息を吸うと、謡いだした。

(これが、聖なる咆哮の、か……!)

人間の歌声とも、狼の遠吠えとも違う。子供の喉から発せられたのは、今まで殤が聞いたことのないような厚みのあるソプラノの、洞窟に吹く風のような揺らぎのある歌声だった。閉じた空間でないのにも関わらず、不思議なエコーがかかっている。

(なんだ、これは。)

聞いているうちにうっとりと頭の芯が痺れてくる。舌が麻痺して、顎が動かせない。空気を揺らす波動に、体の細胞のひとつひとつまで揺さぶられるような心地がした。

◇◇◇◇◇

 

子供を育てたのは、森の主である白い狼だったという。盲目でありながら、類まれな聴力で欠落を補い、圧倒的な力で森を支配していた。

「お前の歌。かあさんに、習ったのか? 」

殤が尋ねれば、子供はおずおずと頷いた。

「ははうえ。歌、すごい。まねできない。」

だろうなぁ、と殤は思う。どんなに修行をしようと、人間と狼の声帯は違う。

やがて、狼にも子離れの季節がやって来る。子供が一人前に狩りが出来るようになったのを知ると、白き母狼は子を突き放した。それが、永遠の別れになるとも気づかずに。

子供が次に母に会ったとき、母は亡骸になっていたのだという。

「にんげんの、匂いがした。」

母は人間に殺されたのだと、子供は言った。

 

◇◇◇◇◇

 

「お前は狼のかあさんに育てられた。だが、元々は俺と同じ人間だ。」

社会を作り、他人と交わり、言語を用いて生活活動をする。それが人間だった。

「望むのならいつでも、ひとらしく生き直せる。」

「ひと、らしく……? 」

「ああ、そうだ。」

「おれ、は。狼だ。ひとにはなれない。」

森から人間社会に連れ出されて、彷徨える狼の子供。呼び名がないと困ると、殤は子供のアイデンティティである狼の字の半分をとって、浪と呼んでいた。

「森に、帰りたい……。」

「浪。お前の気持ちはわからんでもない。だが、自分が人間として生まれたってのは、忘れないでくれ。狼じゃない、言葉も道具も使う、人間なんだ。」

 

(本当に、これで良かったんだろうか。)

殤は自問自答する。浪の言語能力は周囲が驚くほどに早く向上した。森で暮らしてきたとはいえ、三つの歳まで彼は博物学者である両親の元で育まれていたのである。その間に見聞きした人間の言葉が、大脳の言語野に刻まれていてもなんらおかしくはない。

それと引き換えにするかのように、浪は歌を謡わなくなっていった。