結婚式
もう本当にこの頃ときたら、素敵な殤浪/浪殤のお写真を拝めるのが楽しみで楽しみで。いつもならば気候の変化について行けず夏バテし始める季節なのにも関わらず、ごはんが美味しくてすすんで仕方がない。今年はねんどろ殤浪のおかげで夏バテ知らずかもしれないと思うと、やっぱり殤浪は人類を救うんだとおかしな方向へと思考が行ってしまう。
待てど暮らせど便りのなかった我が家のねんどろ浪さんがやってきたのは、七月に入って二日目のことだった。
本当ならばすぐにでも、よそのおうちのように歓迎会やら結婚式を挙げてあげたかったのだけれども、用事が立て込んでいたのと、準備に思いのほか手間取っていたのとで、延び延びになってしまっていた。
で、今日はといえば七月入ってすでに六日目。正規の発売日から実に十日もかかって、ようやくうちでもそれらしいものをしてあげられる状況になった。待たせてごめんね、我が家の殤浪さん達。
「浪よぅ。ここへ来てから茶ばかり飲まされて、ほったらかしで待たされていたけどよ、こんな祭壇を作ってたんだなァ。」
殤の住む場所へとたどり着いてみれば、全員がなにやら忙しく立ち働いており、ねんどろ浪は聆牙とともにぽつねんと一室に取り残されていたのだった。気づけば一緒に来た筈の巫謠も衣装合わせだとかで駆り出され、手持ち無沙汰に聆牙を爪弾き歌ってみれば、今は腰砕けになってる場合じゃないので控えてくれと、ねん殤に諭される始末だったのだ。
「……まさか挙式の準備だったとは。」
小さな建屋を驚嘆の目で眺めながら、ねん浪も頷く。ねん殤には、ちょっと気合の入った歓迎会の準備だと言われていたのだ。それにしては、気合が入り過ぎている。
「腰かけじゃなくて永久就職の歓迎会なんだからよ。これでも足りねぇぐらいだぜ。」
隣でようやく再会できたばかりのねん殤が片目をつぶって見せる。
「やって来た早々、いろいろひっぱり回して悪かったな、巫謠。」
「これしき、どうということもない。お前達こそ疲れているだろう、不患。」
波打つ赤いレースのベールの中で、三人目の殤不患に不敵に告げたのは、ねん浪と同時にやってきた浪巫謠だった。
「俺達は力仕事は三人で分担だったからなぁ。浪浪よりはましか。だが。」
言いながら、不患は振り返って、ゆらゆらと炎のように揺れている花嫁のベールを手に取り、悪戯っぽく微笑んだ。
「お前の衣装が一番手こずって、一番ふぃってぃんぐとやらに時間がかかってたからな。あちこち体をいじられて疲れたはずだ。今夜は手加減してやるぜ。」
「……そこは減らすな。俺がどれだけ待ったと思ってる? 受けて立つぞ。」
あでやかな赤の下で、閨を期待する瞳がきらめく。挑むような目つきは、西幽で出会ったあの時よりも自信を深めていて、稲妻のように強く、清涼だ。
(そんな突っ張ったまなざしが、人が変わったみたいにどろっどろにとろけていくのがたまらねぇんだよ。)
「それでこそお前だ。存分にウケてタッてくれ。」
耳元で囁けば、さすがにレースに隠れた耳まで赤くなるのが分かった。
「おいそこ! 神聖な式の最中に猥談しない! せめて日が暮れるまでは待て! 」
祭壇上のねん殤に指をさされて、三番目の殤不患は肩をすくめた。
「いやぁ、感慨深いもんがあるな。なあ、浪浪。」
家主の裁縫練習と妄想に、一番付き合わされてきた殤殤が祭壇を見つめて呟く。
「……俺は、この日が来るのが、怖かった。」
巫謠がやってきたら、自分の役目は終わりだと信じていた浪浪が、今は穏やかに隣の伴侶を見つめる。
赤は浪浪のほうが似合う。俺が着るのは恥ずかしいと、そう口癖のように言っていたがどうして、赤い婚礼衣装も着こなしてさまになっている。
「……惚れ直すぞ。」
「お互い様さ。今日は一段と別嬪さんだ。」
「こーらー、のろけないでよ、もう、右も左もあつくってオレは困っちまうぜ。」
自立できないために、家主にへんてこりんな箱に放り込まれて飾られた琵琶が、祭壇上でぼやいたので、顔を見合わせて口を噤んだふたりだった。
◇◇◇◇◇
以下はツーショットで。
付属の聆牙ちゃんの身長が4.5センチなんですが、これを立てるのにちょうどいいスタンドがないというか、つるつるしてしまって、ひっかかけたり立て掛けたりし難いというか。悩んだ末にこんな居場所になりました。
この祭壇はねん殤浪ずの飾り場所にもちょうどいいので、うちのねん殤浪はこれからしばらく、毎日が結婚式です。
異數でも素素様と風采鈴さんが赤い婚礼衣装を着ておられましたが、どうしても殤浪にも赤い着物を着せたくて、でもこのサイズって市販品で売ってなくて。
もはや自分で作るしかないと決心してお裁縫を始めたのが、今年の一月のことでした。
半年間の成果。ようやく着せられてよかったなぁ。
本当はもっと和っぽい着物よりのものを考えていたら、思った以上に巫謠さんの髪が明るいオレンジ色で、急遽ベールを追加。
実物はもっと鮮やかであでやかな色合いになってますが、写真だと半分も出ていないのが残念。
(というか、カメラ技術がめちゃくちゃ低い自覚がある。どうやったらスマホで小さなフィギュアのお写真がうまく撮れるんだろうな。まずぼやけるし白っぽくなるし。)
◇◇◇◇◇
挙式が終わった。
さて、一休みしていよいよそれぞれの寝間へ、と三人目の殤不患が考えていた時、婚礼を終えて彼の伴侶となった浪巫謠が袖をぐいぐいとひいた。
「お前も皿を運べ! ここでも人手が足らん。」
「え、あ、そうだった。忘れるところだったぜ。」
のこぎりでせっせと切って作った、六人座れる長い長い食卓が無駄になるところだった。この後は場所を移して披露宴の予定である。
(ま、一番のご馳走は最後の最後に、ってところか。)
「おい俺、さっさと手伝ってくれ! 」
もはや口うるさい長兄のようなねん殤が、祭壇上での粛々とした面持ちはどこへやら、せわしなさそうに椅子を抱えて叫びながら走り去る。
「……これまた準備に時間がかかりそうだぜ。」
しかし自分達で整えなければ晩餐にはありつけない。殤不患も長い袂をまくりあげながら、その後を追うのだった。