殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

とある望月の補完

pixiv投稿の「望月~」の補完小話その一。時期的には、睦っちゃんと聆牙の腹の探り合いの直前ぐらい。未読の方は先に本編をどうぞ。

 

汗ばむような陽気だった。

その身にひとに話せぬ秘密を宿す浪は、気温が上がり周りが玉葱を剥くように一枚一枚薄衣になっていったとしても、冬の分厚い衣を脱ぐような真似はしない。

頸力を働かせ、体温を下げて暑さを凌ぐ。もしくは猫のように僅かでも涼しい木陰を見つけて、じっとして過ごす。まさしく、毛皮を脱げない獣と同じだが、獣でも薄い夏毛に生え変わるだけましであるのかもしれない。

隠れ家の裏手の狭い庭。それでも風が一番通る木陰の場所を選んで椅子を置き、楽師は首元まできっちりとした衣装で座り込んでいた。暑いので背負われずに傍らに置かれたけたたましい声の琵琶も、主を慮って今は黙り込んでいる。

額に汗をにじませて、ため息ばかりついている浪を見つめながら、はからずも秘密の共有者となった殤不患は心を悩ませていた。

 

(巫謠、あなたもっと薄手の着物を着た方がいいわ。あんまりやせ我慢していると、病にかかってしまうわよ。自分で買い辛いのなら、わたしが市で見立ててあげるから。)

年下の浪に対しては、実の姉のように面倒見良く接している睦天命である。が、姉とは時に弟に対して強権的で、有無を言わせぬ一面を持つものだ。買い出しついでに着物を用立てるという天命の計画に、おろおろと困惑する浪を弁護するだけの達者な弁舌を、聆牙も殤も働かせることができなかった。天命の言動は、弟を気に掛ける姉らしい気遣いと褒められる類のものだ。当人ならともかく周りがいらないと突っぱねれば、かえって不自然である。自分のことを深く思えばこそと知るから、浪も咄嗟に断りを入れられなかったのだ。ひとの真心を無下にできない優しい男である。

 

事情を知る殤には、今朝方、天命が言い置いて行ったように気軽に解決策を提示することができない。手のすいた時に芭蕉の扇を持って行って、あおいでやれるのがせいぜいだった。邸庭内であるのをいいことに、単衣の衣を右肩脱ぎで、たくましい腕と胸とを半分さらした殤は、扇をはためかせて隣の浪へ風を送る。

「……すまぬ。」

「あー、こっちこそ。なんだか悪かったな。」

事情を深く知っていれば、悪意や好奇心からは守ってやれると思っていたが。相手に善意しかない故に、殤も適当な口添えができなかった。今朝の失態を詫びれば、緩慢に浪が首を振る。

「……睦の姐御、夕暮れ前には帰ってきちまうなァ。」

「だ、なぁ。」

ハーァ、と主よりも長いため息をついた琵琶もまた、殤と同じように悔いていた。調子にのって騒々しくし過ぎて、口ばかり回るお喋り琵琶め、と殤や天老師に悪態を吐かれるほどの魔道具でも、どうにも天命には弱いのだ。ある異国では智慧を司るのは女神だというが、こと聡明さにかけては一行の誰も天命の右に出る者はいない。

薄い衣に着替えたとて、秘密が露見するわけではなかろう。最悪は、部屋に引きこもっていればいいだろうとも殤は思うが、細心の注意を払ってきた浪の心情と今まで重ねた苦労を考えれば、当人の気持ちが安んじる衣装で過ごさせてやりたかった。たとえどんなに暑くても。

「しっかし、こうも暑いと浮かぶ知恵も浮かばねぇな。どうだ、巫謠。裏の川で水浴びでもしねぇか? 頭が冷えたら案外、名案が出てくるかも知れねぇぞ。」

浪をあおぐ扇をときおり自分の側へも向けながら、殤は庭の外へ視線を遣った。裏手を流れる河川は幅は狭いものの、川の中ほどから先は大人の脇の下ぐらいの深さがある。ここへ来てからは炊事に洗濯、沐浴と世話になっている川だった。浪も幾度か真夜中に、音を立てないように体を洗いに行っていた。勿論、殤の見張りつきだったが。

「……まだ日が高い。」

「なにか一枚羽織って、帯も締めて行きゃ心配ないさ。俺もそばを離れんようにする。」

考えた末に眉をひそめて首を振った浪の肩を、扇を持っていないほうの手で軽く叩く。

「でも、俺は……、」

「大丈夫だ。お前らの心痛が増えるような事態には、誓ってしない。」

姉に勝るとも劣らず、兄という存在もなかなか強引であると、浪と聆牙はこのまだ短い旅の中で学んでいた。この兄もまた、浪の為に良かれと思って言うのである。

なおも渋る浪を立たせて支度を促し、その細い手首を引いて家を出た。着替えの荷やあれこれが増えるので、聆牙は留守番である。

 

川べりについた殤は、辺りの竹を手刀で数本切り倒し、そのうちの四本を川原に四角い底面を描いてそれぞれの頂点に差した。その間に短い竹を渡して、持参した縄で矢倉のように組んで結ぶ。隠れ家から持ち出した敷布をかければ、大人ひとりが着替えられるほどの、簡易的な衣桁かつ着替え所の完成だった。不器用を自称する殤だが、野宿を重ねるうちに身に着いた技は多彩であり、はや達人の域である。

「これならたとえ誰が来たって、着替えてるとこを見られやしないさ。」

もともと人少なな場所にある隠れ家なので、滅多に地元の民と鉢合わせはしないが。万が一を考えて拵えた天幕に、浪が感嘆の声をあげて目を輝かせる。

「ああ、殤哥哥。流石だ。」

 

~続~