殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

炎の花の花びらの 前

唐突に浮かんだ中世風異世界ファンタジーパロ。殤さんは冒険者、浪さんは獣人です。

書きたいところだけ。

 

◇◇◇◇◇

 

「殤……、これ。」

それをおずおずと差し出したのは、夕陽色の髪を獅子のようにたなびかせた、十三、四の年頃の少年、数か月前に思いがけず殤の旅の道連れとなった浪巫謠という名の猫の獣人だった。

緊張からか浪の頭部に二つ並んだ猫耳は半分ほど折れ、背中に垂れた三つ編みの更に先、腰に巻かれた布から飛び出た長い尻尾が丸まっている。目を逸らし、精一杯伸ばした小さな手に乗っていたものを見て、殤不患は思いきり眉をひそめた。

白金の土台に爪で固定されているそれは、少年の手に収まるサイズではあるが、ガラス玉というよりも特大のガーネットに見える。冒険者として各国を放浪し、古代迷宮や遺跡の数々をなりゆきで、あるいは巻き込まれて制覇し、種々の宝物を目にしてきた経験値は人並み以上にあるものの、今、浪がどういうわけか自分に渡そうとして来ているものほど立派な品は見たことがなかった。

「どうした、これ? 」

思わず問いただす声が険しくなる。聞いた浪の耳が完全にぺたりと伏せられた。それでも、微かに震え始めた手を誤魔化すように手の中のブローチを握り直して、さらに手を伸ばした。

「……殤に、あげたいと思って。」

ますます、殤の顔が怖くなったのに、浪はいつの間にか冷や汗をかいていた。

(どうして。そんな怖い顔は、出会ってから今まで、見たことがない。)

二人がいる宿の狭い部屋の内部が、殤の放つ空気でしんと冷えてしまった。一体何が殤をそこまで怒らせたのだろうか。初めて会ったあの時だって、今ほどではなかったように思うのに。

 

正確な年数はわからないが、数年ほど前。気がつけば、浪は見知らぬ森で倒れていた。覚えていたのは食料となる獲物の捕まえ方と、自分の名前と、決して失くすなと言われて首からかけられた布袋の存在。

それからずっと一人きりで森で暮らしていたが、色々あって、獣人を奴隷として売る商人に捕らえられてしまった。檻に入れられ、他の獣人達とともにどこかへと運ばれている最中に、助けてくれたのが殤だった。

後から聞けば本当に成り行きで、一緒に囚われていた獣人の少女をその兄が助け出すのに加勢しただけらしいが。解放されたものの行き場のなかった浪は、恩返しの為に殤について行くことにした。最初は恩返しなどいらないと突っぱねていた殤も、浪の頑固さに負けてしぶしぶ同行を許してくれた。獣人は情に重きを置く生き物だった。受けた恩を忘れず、返すまでは死ぬまで、いや、死んでも一族郎党が志を引き継ぐほどに忘れない。そんな獣人の性質を殤は知っていたらしい。

 

ぶっきらぼうで、素っ気ないけれど。言葉とは裏腹に突き放すでもなく浪のことを常に気にかけてくれる優しい男が、今はこちらを睨み、ぎゅっと口を引き結んでいる。

……でも、これしか、なかった。

浪には、手の中にあるきらきらした石の装飾品、たったひとつしか。

 

一方殤は、怒りもし、また困惑もしていた。

この国の獣人には数々の種族がおり、犬の形質に似た者から、浪のように猫の形質をひいた者、熊や狼といった強力な者とさまざまだったが、共通するのはその種族ごとに里を持ち、まとまって暮らしているということだった。勿論、人間達に立ち交わり、個性を生かした職について暮らす者もいるが、それは力ある者に限る。浪のようなまだひ弱な少年が、はぐれたように森でひとり暮らしていたのには、よほどの訳ありだろうと推し量っていた。

見つけた時に、やせ細り、着るものも破れていたのは囚われの他の獣人の子らと変わらなかったが、浪には戻るべき里がないという。身内との結びつきがことさら深いはずの獣人だったが、他にいた猫の獣人に尋ねても、浪のことは知らないと首を振った。

孤児らしい、身寄りのない浪が、それでも恩返しがしたいと言い張るので、後をついてくるままに任せていたが。

「俺にあげたいと言ってもな、巫謠。それは本当にお前の持ち物なのか? 」

大きさや輝きを見ただけでも、どこかの王族や貴族の家にあっても不思議はない宝石だった。それを、どこでこの猫の獣人は手に入れたのか。

一緒に旅をし始めてから、殤と浪とはいくつかの遺跡を共に巡っている。けれど、浪はいつでも入手したものを殤に全て見せ、残らず渡していたはずだった。こういった宝石の出土する場所へも行っていない。買える金額を持っているようにも見えない。思い当たったのは、最悪のケースだった。

「……え? 」

なにか鋭いもので、抉られたかのような痛みが浪の胸を走った。頭から血の気がひいて、差し出していた手がだらりと落ちる。その手からとブローチが床に落ちて、かしゃんと音を立てた。

察しの悪い浪でも気づく。暗に、盗品ではないかと問われたのだ。

違う。

そう言いたいのに、声が出なかった。

目が熱くなった。目の前があっという間に滲んで、後から後から涙がこぼれだした。

「巫謠……? 」

焦ったような声が聞こえたが、殤の顔を見続けることが出来なくなった。踵を返して部屋の扉を開け、外へと飛び出す。喉が締め付けられるように苦しく、すぐに息があがったが、闇雲にどこを駆けているのかも分からずに、衝動のままに走り続けた。