炎の花の花びらの 中
泣く資格など、ありはしないとわかっていたけれど。
どこから出て来るのか、後から後から、浪の涙はとどまることを知らなかった。
猫の獣人である浪は夜目がきく。舗装されていない荒れ地でもしなやかに走れる。それでも、感情の制御を失った足は幾度ももつれ、地に転がった。立ち上がり、ふらつくままに走った。なぜ走っているのかわからなかった。
宿の人との会話から、今日が殤の生まれた日だと偶然知った。生まれた日には、贈り物をする。いつどこで知った知識かも、記憶かも定かではなかったが、それは急に訪れたひらめきだった。けれど、浪が持っているもので誰かにあげられるようなモノは、あれだけだ。失くすなと言われた袋に入っていた、たったひとつのもの。
幾度目か、倒木に足を引っかけてばたりとうつ伏せに倒れ。浪はそのまま動けなくなった。
よく考えたら、記憶のない自分には、あのブローチが本当に自分のものなのか、人のものなのか、わからない。もしかしたら、殤の言う通りなのかも知れなかった。
そんな得体の知れないものを、大事なひとに渡そうとした。してしまった。
「ごめん、なさい。」
一度気がついてしまえば、浪の胸に沸いてくるのは自己嫌悪だった。
殤には恩返しなどいらないと、何度も言われていた。戦闘の手助けも、家事の手伝いも何ひとつ必要ないと。それはきっと遠回しに、もうついて来るなということだったのだろうけれど、ずっと気づかないふりをしていた。
一度知ってしまって離れるには、殤のそばは温かくて、居心地が良すぎた。
何かを差し出せば、別れを引き延ばせるとでも思っていたのだろうか。唯一の持ち物さえ、出自が怪しいと拒まれたのに。
完全に否定された哀しみよりも、己の無力さが悔しかった。
ごろりと仰向けになって、天に瞬く星を見上げた。ちかちかと、幾つか目を引く力の強い光があった。暗がりから明るい場所へ出た時に、殤の瞳孔がきゅっと縮んで、刹那、強く輝くのによく似ていた。星の中に、風の中に。川の流れの中にも、殤の姿を見つけない日はない。それくらい、だからこれからどこへ行こうと、何をしようと、いつでも思い出す。太陽の光にも、花びらの影にも、浪が見るあらゆる景色に、殤がいる。
寂しくない。
いつかもっと、強くなったら。ひとりで、道を切り拓いて、進めるようになったら。
その時は、必ずあなたの役に立ちます。それまでどうか、どうか。お元気で。
痛む足を引きずって立ち上がり、浪は再び、ふらつきながらも走り出した。