炎の花の花びらの 後 その二
じゃりじゃりとブーツで踏みながら降りる崩れかけの階段の奥に、殤の求める姿はなかった。ぼんやりとほの明るい階段はさらに続き、冒険者を奥へといざなう。気配を辿って数階分の階段を降りたところで、目の前に瓦礫だらけの小部屋が現れた。
何もない部屋の中央の床に、膝を抱えて座り込んでいる小柄な影がある。
影は伏せていた顔を上げ、困ったように表情を歪めた。
「……久しぶりだな。」
「おう。三年ぶりだ。」
「そんなに、経つのか。」
首を傾げる姿は、別れた時とたいして変わりなく見える。探し続け、ついに見つけた浪巫謠。再会の喜びと、ともするとはじけ飛びそうな感情に左右され、殤は獣人の側に座り込んだまま、しばらく言葉が続けられなかった。浪もまた、緑色の目を細め、静かに殤を眺めている。
ややあって殤が懐から取り出したのは、あの日浪が置き去りにした宝飾品だった。
「お前に返さなきゃと、思ってた。だが、もう。」
「うん。もう、要らない。殤に、あげたものだし。」
そこまで言って、浪はなぜか嬉しそうに笑みを見せた。
「それ、正統に俺の持ち物だった。出どころだって怪しくない。ひとにちゃんと渡せるものだったと分かったんだ。だから、」
喉をおさえ、震えそうになる声を殺して、殤は告げた。
「おう。……言うのがずいぶん遅くなっちまったが。生誕祝い、ありがとうな。」
「うん! 」
浪の顔は、嬉しそうに輝いていた。
あの時。告げてやれば、何かが変わっただろうか。ずっと一緒にいられれば、異なる結末を迎えられただろうか。
半年ほど共に過ごして、自分でも気づかぬうちに情を移してしまった獣人の少年の、滅多に見ることのなかった笑顔を見つめながら、殤はガーネットのブローチを強く強く握りしめる。
浪を探していた二年前。彼は獣人の国を訪問していた。長期に渡って内乱が続いていたその国は、先ごろ新たな国の長を立てて落ち着いたのだという。
元は正当な長の後継者の子供がいたが、政争の具に使われるのを恐れ、成人するまで忠臣により他国へ逃がされていた。が、そこで政敵に襲われ、行方が分からなくなっていた。
よくあるお家騒動、と殤が聞き逃せなかったのは、そこが猫の獣人の国であったからだった。
よそ者に国内事情を知られるのは誰だって渋る。熱心に調べ回るのを疎ましがられ、時に暴力を振るわれた。返り討ちにはしたものの、長居はし辛くなった。
ようやく得られたのは、行方不明の子供がようやく探し出されたものの、身の証を立てる証拠の品を失っていたため偽者だと糾弾され、幽閉のあげく獄死したという事情だった。
正統性を最後の盾に残っていた一派も離散し、政争に勝利した新たな一族の王が即位した。弱肉強食は世の倣い。それは、人の国も獣人の国もかわりない。臣民は新しい王に仕え、国は変わっていく。
己の推測違いであって欲しいと祈りながら、政争前、かつての王の重臣だったという獣人を探し出し、殤は紋章の刻まれた宝飾品の裏を見せた。
殤の願いは叶わなかった。