炎の花の花びらの 後 その三
ひゅう、とどこからともなく、小部屋の内に風が吹いた。
呼吸をひとつ飲み込んで、殤は穏やかに、眼前の獣人に努めて冷静な声音で聞いた。
「あれから、ずっとここで待っていたのか? 」
考え込むような間があり、こくり、と浪は頷いた。
「ここに、来られるようになってからは、ずっと。」
獄死して、肉の身を失ってからという意味だろうと思うと、殤の胸は軋んだ。
「どうしてだ。もう、……自由になったんだろう。」
「俺がここにいることが、殤の役に立つ。そう思ったんだ。」
どうしてなのかは、わからないけれど。
そう言って口ごもった獣人の頭をぐりぐりと撫でようとして、殤は手を引っ込めた。きっと今の体では、浪には触れられないのだと知っていた。
「恩返しがしたいって、ずいぶん言ってたもんなぁ、お前。そうか。ここにいるのが、お前の恩返しってわけか。」
「そうだと、思う。うん、きっと、そうだ。」
ひとりぼっちで森にいた巫謠。売られそうになったと思えば、気ままな冒険者にあちらこちらと振り回され。経緯はわからないが生国へ連れ戻されたかと思えば、偽者扱いされ、命を奪われた。その上で、殤へ恩返しがしたいからここへ留まっているのだと言う。獣人の情の深さと健気さは計り知れない。
「……ったく。お前って奴は。」
浪の首には縄で縛られたような、赤い痕跡がついていた。肉体の傷が魂にまで侵食するほど、虜囚の日々は辛かったのか。それを越えて、彼は殤を待ち続けていた。
見覚えのある、まっすぐな視線で殤を見つめながら、浪は言った。
「だから、殤。……帰ろう? 」
はっと息を飲むが、今までの様子では浪はなにも覚えていないのだろう。それでいて、これだ。ミイラ取りがミイラになるとはこのことだとため息をつきながら、ああ、やはり本質を外さないところは彼の知る浪巫謠だなと苦笑した。