殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

好いた同士は泣いても連れる

東離六話の、殤さんが睦っちゃんと離れた理由が、現パロだったら借金背負ったがために奥さんと離婚した旦那状態だな、と思ったので妄想。例によって書きたいところだけ急ぎ足。

 

 

 

殤不患は下町で小さな製作所を営んでいた。小さくとも一国一城の主、社長である。といっても、他に社員もおらずいわばフリーの職人と変わらない。先代や知己の残した特許や、彼自身のとった特許のおかげで、小規模ながらも希少な単価の高い仕事を請け負い、業界では一目置かれる存在だった。

彼には睦天命という妻と、彼女が施設から引き取り里親になった浪巫謠という子があった。血の繋がりはないものの親子仲は良く、殤はまさに幸福の絶頂にあったが、楽しい時は長く続かなかった。

業界最大手、神蝗盟グループが殤の持つ特許に目をつけ、あの手この手で奪おうと嫌がらせが始まった。策略によって殤は莫大な借金を負わされ、ついには借金取りに追われる日々。少しでも返済に充てようと懸命に働いた天命は、体を壊して倒れてしまった。

妻子への影響に思い悩んだ殤は、入院中の天命に離婚届けを差し出した。

 

「不患、どうして? 貴方がこんな大変なときに別れるなんて! 」

「……いいから黙って判を押してくれ。天工伯父さんに、お前達の暮らしは頼んである。」

 「嫌よ! わたし、待ってるから。いつまでもあなたのこと、待ってるから! 」

 

それきり連絡のとれなくなった夫の心中を、けれども妻はわかっていた。自分達を巻き添えにしないため、心の優しい夫は離縁したいと願ったのだと。

それでも体を壊した天命は、殤の元へ駆けつけて共に返済の為に働くことはできない。何もできないまま月日だけが過ぎていく。悔しそうな養母を見て、浪巫謠は小さな拳を握りしめた。

 

「今のわたしには、あの人の帰りを待つしかできないのよね。」

「ママ……。僕、パパに会ってくる。」

「巫謠、パパのところは、借金取りの人達がいて危険よ。それでも行くの? 」

「うん。パパに会いたい。パパが、大好きだから。」

人見知りで引っ込み思案、万事控え目な養い子が、ほとんど初めて言ったわがままを、天命は止めなかった。他人には打ち解けない巫謠だが、養父となった殤にはよく懐いており、仲の良い、実の父子と変わらぬ距離で過ごしていた。殤もまた巫謠を過保護なくらいに甘やかし、掌中の珠と可愛がっていた。冗談で、「そんなに可愛がっていたらお婿に出せなくなるわよ。」と天命が言ったぐらいだ。もっともその話は、「ぼく、パパとずっと一緒にいたい。」と巫謠が火がついたように泣き出してしまい、それを宥める為に殤が、「わかったわかった、巫謠はどこへもやらねぇぞ。」とさらに甘やかす結果に終わったが。

 

 

風の噂では、夫は今、借金返済の為に裏社会に近いところで危険な仕事をしているという。実年齢よりも幼気な巫謠を、いくら不患がいてもそんな場所へやるのは、と躊躇っていたところ、浪の施設での年上の幼馴染で、殤とも友人だという男が同行を申し出てくれた。名を聆牙というその男は、殤不患と天工伯父の他にただひとり、人見知りの浪と会話ができる存在だった。 

「睦姐さん、心配いらねぇよ。ちょっと顔を見せてすぐ連れ帰ってくっからよぉ。」

短髪を逆立てた男は大きな口を開けて快活に笑った。

 

 

天命の心配は的中してしまった。殤の現在の住まいだという場所を訪ねる途中で、暴漢を装った神蝗盟グループの息のかかった借金取りに襲われ、浪は足を刺される大怪我をしてしまう。同じく怪我を負った聆牙に抱えられて必死で逃げるが、路地に追い詰められ万事休すかと思われた。その時、怒りの咆哮とともに突っ込んで来た男の木刀で、暴漢達が吹っ飛んだ。

「旦那ァ! 」

「パパ! 」

 

「……うちの子になにしてくれてんだ、てめぇら。」

「やべぇ、いったんずらかるぞ!! 」

 

木刀で暴れまわる殤の剣幕に恐れをなし、借金取り達は方々の体で逃げていった。

「巫謠! 大丈夫か?! 」

「面目ねぇ旦那、俺がついていながらっ……、」

真っ青な顔の聆牙から浪を受け取り、殤不患は膝の上で抱き支えて傷の様子を見た。

「こんなの、痛くない。それより、」

左足の傷に巻かれた布は、聆牙が応急処置で破った己のシャツの袖だった。既に端まで赤く染まり、時折ぽたりと滴が垂れている。

痛くないはずはないのに、泣き言ひとついわず、代わりに必死に告げるのは母のことだった。

「パパ、どうして帰ってきてくれないの。ママが会いたがってる。病院で、ずっと待ってるんだよ。」

「巫謠、……すまん。パパには大きな、とても大きな借金があってな。それを返し終わるまでは、ママのもとへは帰れない。」

「そんなの、パパの言い訳だよ! 」

子供の叫びに、父はぐっと息を飲んだ。

「殤の旦那。子供に嘘はつけねぇよ。本当の気持ちを言ってやんな。」

殤達親子と、親しい友人づきあいをしていた聆牙にはお見通しのようだった。

「巫謠。ママが倒れたのは、俺のせいだ。俺が、至らなかったばっかりに。今もお前を守れず怪我させちまった。もしもずっと一緒に暮らしていて、これ以上お前やママになにか悪いことがあったら、俺は耐えられん。」

「パパ。……泣かないで。巫謠は、何があっても平気だよ。パパが一緒にいてくれたら、全部全部、平気なんだよ。きっと、ママだって同じ……。」

父親の涙を拭っていた細い指先が、力なく落ちた。

「巫謠! しっかりしろ! 」

「こりゃいけねぇ、急いで病院へ! 」

 

 

殤が新天地の、少々危険な仕事場で知り合った男が、腕のいい闇医者を手配してくれた。見舞いと称してやってきた白髪の男は、興味深げに病床の浪を眺めた。

「ほーう、君があの殤不患の息子か。ちっとも似ていないが、母親似かね? 」

「……?! 」

「帰れ。息子が嫌がってる。」

「これはこれは失礼した。私は君のパパの友人で凜という。君の噂はかねがね、パパから聞いているよ。」

胡散臭い笑みを浮かべた男に対し、一目で相性が合わないと感じたのか睨みつけた浪だったが、パパから聞いている、の言葉に反応を示した。

「……、なんて? 」

「眼の中に入れても痛くないほど可愛いんだそうだ。世間ではそれを親馬鹿という。」

「パパは馬鹿じゃない! 」

「無論、そうだろうとも。」

「ああもう、いいから帰れ。一体何しに来たんだ? 」

「何しにとは、あの殤殿が顔をでれでれにして語るご子息が如何なる人物かを、直々に確かめたくなったのだよ。怖い顔をしているが、なるほど将来が楽しみな美貌だ。」

見つめられ、不安になり「パパ、」と呟いた息子を、視線から隠すように抱き締める。

「勝手に見んな。巫謠の可愛さが減る。」

「はいはい。ところでそちらの御仁も、殤殿のお友達かな? えらくお疲れのようだが。」

頭と腕に包帯を巻き、なぜかぐったりと浪の寝ているベッド脇の椅子で項垂れていた聆牙は、ひらひらと手を振って答える。

「あー、まぁ、そんなもん。俺はさ、朝からあてられっぱなしで疲れてんの。」

ずっと離れていたからなぁ、旦那の過保護に磨きがかかりやがった。と呟いて、聆牙は首を振る。食事時のあーん、から始まり、全てにおいてつききりで甲斐甲斐しく面倒をみていて、微笑ましいを通り越して甘やかしすぎィ、と何度もツッコミを入れそうになったのだった。

まぁ、君の気持ちはわからないでもないよ、と凜は心の内で返した。

 

 

裏社会の周辺ぎりぎりの場所で仕事をしている最中に知り合った殤不患という男の事情は、神蝗盟グループに興味のある凜雪鴉にとっても無視すべきところではなかった。殤の側を見張っていれば、謎多き神蝗盟グループに接触する糸口を掴めるかもしれないと接近した凜は、やがて殤の飲み仲間のひとりに数えられるようになった。

酔いの回った男はよく、家族と共に過ごした幸福な時間を語った。

(「うちのカミさんはしっかり者でよ。俺なんか、万事言い負かされちまうくらいでよ。それでもどーんと頼り甲斐があって、いい女ってのはあいつみてぇなのをいうんだよ。……別れちまったけど……、うう、天命。」)

(「これ、な。息子が父の日に描いてプレゼントしてくれた絵なんだ。こっちから、パパとママと、巫謠と。いやぁよく描けてるぜ。」)

適当に相槌を打って好きに語らせておけば、休日のランチに遊園地、学校行事、後から後から、楽しい思い出が酒と共にグラスから溢れた。そして、ひとしきり気が済むまで語り終えると、この世の終わりであるかのような、寂しそうな顔になるのだった。

(「ま、今は、手が届かねぇんだけど。」)

 

莫大な借金を背負い、愛する妻子を遠ざけてまで危険に身をやつす。独身貴族である凜にはわからない殤の苦悩だった。

 (「お前はいいよな。なんか、自由そうでよ。」)

 

 

自由に、見えるのだろうな、と凜は自室でひとり紫煙を吐いた。ぎりぎり境界線どころかほぼ裏社会で暮らす凜には、妻子どころか恋人もいない。何にも縛られず、ただ己の信条一つで生きて来た。殤不患のように、別れた後も彼を待ちわびる妻もいなければ、パパと慕う子もいない。ビジネスパートナーは数多いが、聆牙のように傍で冗談を言って笑うような、親しい友人もいなかった。

一度だけ、三年の間、同棲したことがあった。スーパーモデル並みにすらりとした長身の、美しい女だった。甲斐甲斐しく健気な女だったが、凜が裏切って捨てた。捨てられた後一年ほどして、女は死んだ。

もしも、あの時選び取った道が違うものだったら。凜もまた、今頃は殤のようにパパと呼ばれていたかもしれなかった。

 

詮無い事を、と思う。いつだって己の好きな道を歩いてきたのだ。そこに一片の悔いもない。別れてもなお、置いて来た家族に振り回される殤不患の弱さを、だらしないとすら感じる。完全に切り捨てなければ最大の弱みとなるものを。

けれど。

(「この、左のが俺で、真ん中が巫謠で、右がかあちゃん。」)

どう見ても、〇と△と◇の羅列にしか見えない子供のクレヨン画を、大事に折りたたんで胸に納める殤の姿を見るにつけ。あたたかな思い出を幾つも抱えたまま、それでも裏社会で戦っていける殤を見るにつけ。認めたくはないがどこか、羨望に似たやるせなさを覚えるのだった。

 

(でもまあ、あの父子のいちゃつきぶりは、少々過保護過ぎやしないか殤不患。世の父親というものはもっと、距離があるんではなかろうか。)

 

 

その後。一生かかっても返しきれないと思われた、天文学的な借金の金額を返済したのは殤不患ではなかった。

十代後半となり、美しく成長した浪には養母譲りの音楽の才があり。聆牙に薦められて自作曲を投稿した動画サイトが、演奏している浪の容姿も相まって世界的な大評判となたのだった。自主制作した楽曲は何千万もダウンロードされ、様々な国のチャートを賑わせた。評判が高まると同時にもうひとつ奇跡が起きる。既に死亡したとされる浪の実の父母だが、実父は母との結婚を反対されて駆け落ち同然で家を出ており、その実家がなんと神蝗盟グループに匹敵するほどの財閥だったというのである。総帥である祖父は未だに健在で、浪の存在を知ると涙を流して喜んでくれた。

寝る間も惜しんで精を出した音楽活動と、祖父からの金銭的支援とで、浪は愛する養父の借金をすべて返した。また祖父の力を借りて、神蝗盟グループにも二度と手を出させないと約定を取り付けた。

「パパ……、これで、ママに会える、ね。」

「ああ。巫謠、お前には感謝してもしきれない。」

働き過ぎて、すっかりとやつれてしまった浪を抱きしめて、殤不患は涙ぐんだ。

「不患! 巫謠! 」

「天命! 」

親子は何年かぶりに、固く抱きしめ合い、再会の涙を落とした。ようやく会えた妻。支えてくれた息子。離れていてもかけがえのない存在だったふたりを、嬉しくて泣き笑いになりながら殤はその腕に抱きしめるのだった。

 

「ねぇ不患。今日の日のために、巫謠はとっても頑張ってきたのよ。ご褒美だと思って聞いてあげて。」

「うん? なんだ改まって? 」

「パパ。俺、パパのこと、父親だと思ってない。」

「ふええええっ?! 」

「パパじゃなく、ひとりの男として、殤のことが好きだ。」

「えっ、あっ、ええええっ?! 」

「ふふ。男の趣味は、ママに似たのねぇ。」

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

お互いに好き合って夫婦になった男女は、泣くような辛い目や苦労に遭っても、最後まで添い遂げるものなんだそうで。

ここは殤浪沼なので、どこまでいっても果ては殤浪。最後まで添い遂げて頂きたい。