恋に落ちた瞬間を
・ひさしぶりに、ひとが無意識に恋に落ちた音を聞いた。
殤さんのまっすぐな瞳に射すくめられて、浪さんが、あ、ってなるんだ。あの瞬間に沸き上がった形容しがたい情が、声や仕草でありありと伝わってくる。視線の強さを直視できなくて、目を伏せて。鼓動の高鳴りまでもが聞こえるような瞬間だった。
獣が恋をするかどうかはわからない。でも、ひとは恋をする生き物なんだ。
見ているこちらが変に気恥ずかしくなってきて、微笑ましくて。うん、それはよこしまな妄想だと知っているのだけど、あの一瞬の刻は切り取っておきたいほどに美しかった。零の濡鴉で、写真を撮られたときの逢世さんに匹敵するくらいの。
ああでも、これは両片想い待ったなし。
浪さんは、きっと殤さんと睦っちゃんが夫婦に近い仲だと思って、殤さんへの想いは封じてしまおうとするだろうし。
殤さんは殤さんで、浪さんが睦っちゃんを好きなんだろうと思って、身を引こうとするだろうし。
睦っちゃんはパンフで、殤不患と浪巫謠を見守る女性、と紹介されていたので、そんなもだもだしたふたりを見守っていてくれるといい。