殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

この世でただひとり

・浪さんが狂狷さんに仕返しする話を書いた時、同時進行で西幽時代のふたりを、殴り愛をテーマに妄想していたりした。なんかもう、西幽玹歌が発表された今となってはかなりかけ離れた妄想だったけれど。

その古びた屋敷の庭には月を見る為の高い木の櫓が作られていた。今となっては誰も使わず、掛けられたはしごも朽ちている。が、周りの木々より高いそのてっぺんで、風もないのに動く影があった。
(また来ているのか。一体何を考えているのやら。)

やがてお決まりのように琵琶が鳴り出し、一応他人の家の、正確には隠れ屋敷だが、庭先だというのは弁えているのか、張り上げるというよりしっとりと忍びやかな歌声が聞こえ始めるのだ。

西幽一の楽師だというが、その演奏にも歌声にも、心に響くものがなにもない。つまるところは非常に下手なのだろう。

嘆息するも、月下で歌う厄介な楽師が出て行く気配はまるでない。仕方なしにいつものごとく窓から顔を出して、ひとくさり吟じ終えたのを見計らって吐き捨てるように言う。

「五月蠅いぞ、このど下手くそが! 」

「だいたいなんでいつもいつも人んちの庭で、」
「しかたねーだろ、浪が気に入っちまったんだから。それに、聴き手があるのとないのとじゃ、演奏にも気合の入り方が違うのさ。」
「別に好き好んで聴いていないぞ!? お前はあいつの情夫だろうが。歌うんなら殤不患の前で歌え! 」

「殤の前は、こわい。」

「は? 」

「平気、だとは言うが。おそろしくて、全力では歌えぬ。」

歌声に秘められた人を狂わせるという魔性を。情夫の身を案じて歌えないというなら、なぜ。

「お前は悪だ。たとえおかしくなったとしても、倒すべきお前であれば、相応の呵責を感じずにいられる。」
「はっ、どうせそんなことだろうと思ったよ。」

「ああ、だから。」
「俺の全力を賭した歌を聞けるのは、この西幽でただひとり、お前だけだ、狂狷。」