呪い人形の使い方
東離五話。凜さんがくれた白い袋の中身は、呪われそうな人形もとい通信機だったわけですが。グッスマさんもスポンサーである以上、東離ねんどろが再販されれば制作委員会に儲けが出て霹靂さんの利益にもなるだろうから、凜さんクラスタの方は再販されるよう、グッスマさんにリクエストを沢山してがんばって欲しい。無生さんクラスタの為にも無生さんねんどろの新発売のほうも祈願しているけれど。推しキャラのねんどろが並んでるのはやっぱり嬉しいものなので。個人的に今一番欲しいねんどろは、ホロライブのおかゆんのねんどろだったりするおにぎりゃー。あの人の笑い声と歌声がすごく癒し。
でもあれって常時電源入ってて接続中のスマホみたいに周りの音を拾えたりするんだろうか。それはそれで常に動画(音だけだけど)配信サイトに繋がってるようで騒々しそうだが。真っ先に浮かんだネタはこれなのだった。
◇◇◇◇◇
殤不患は、白い袋に入った通信機を睨んでうーんと唸っていた。
(ひとしきり喚いた後は、うんともすんとも言わねぇが。これは繋がってんのか、いねぇのか。)
下手な話をすれば全て筒抜けになる、というのはろくでもない相手に弱味を握られそうで避けたい。要は、連絡を取りたい時以外は余計な詮索をされないように仕向けたいのだ。どんな術かは知らないが、相手に知性が存在する以上、盗聴する気が削がれればそれでいい。その手段に、殤はひとつ心当たりがあった。
(ちょうど、お仕置きしないといけねぇ奴もいるしな。)
食料を求めて洞窟を離れた捲殘雲と、案内役の聆牙は不在だった。短い言い争いはあったものの、病み上がりの浪は大人しく側に座って控えていて、それ以上殤を責めるでもない。
「薬を塗るぞ。自分で脱げるか? 」
ふるり、と首を振るので、勝手知ったる結び目を解き、白い肌を露わにする。短いが深さのある刺し傷と、先日負ったばかりの刀傷があちこちに散見され、痛ましさに息が詰まった。
浪はさすがに羞恥もあるのか目を閉じ、傷を辿る殤の手に黙って身を任せている。
天工詭匠に貰った霊薬を布に浸し、真新しい腹の傷に宛がえば、沁みたのかふっと短く息を吐いて目を見開いた。
「こんな傷、勝手に作りやがって。」
忌々しげに舌打ちした殤に、ぶるり、と細い肩が震えた。常に共にある饒舌な魔琵琶、聆牙はある意味、浪の心の外壁、防波堤の役割を果たしている。誰に何を言われても浪の利になるよう小気味よく打ち返し、時には殤を相手でも噛みつく母の形見、守護霊的存在でもあった。それがない今、露わにした肌と同様、浪の心の内側は裸に等しく、柔らかい芯がむき出しになっている。そこを舐められると弱いのだと、不器用な兄分の殤とて既に熟知している。
「……すまん。」
「お前が余計な傷を負って、痛ぇのはお前だけじゃねぇ。聆牙だって、殘雲の奴だって、みんな胸が痛ぇ。」
先刻激高し、ぎらりときらめいていた翡翠の宝玉色の瞳が、塩をせず茹でた青菜のようにくすんでいる。しょぼくれて両肩を落とした様子は、年より幼く頼りなげに映った。
「すまん。」
「俺だって、胸が潰れちまうかと思った。防ぐ気もなしに大怪我して、一歩間違えりゃ鳳曦宮が棺桶だったんだぞ。」
「………。」
「それこそ、天命になんて言やいいんだ。」
「……、……。」
もはや謝罪の声も出ず、泣きそうな顔ですまん、と唇を動かす浪を、鬼の形相で殤は睨む。幼子は時として、甘く宥めるだけでは学ばない。してはならない道理があれば、怒りのほうが通ずるもの。怒りをぶつけられた恐怖で、どうかいつまでも忘れてくれるなとこいねがう。
「お前は誰の魔剣だ? 」
背けていた顔を上げ、唇を震わせながらも浪は呟いた。
「俺は、不患、の、」
「聞こえねぇな。声の魔力を琵琶を媒介に振るい、耳を持って悪を判ずるおっかねぇ魔剣の、持ち主は誰かって聞いてんだ。」
「殤不患、だ。」
天籟吟者は啖劍太歳に身も心も奪われ、弦歌斷邪となった。己が一振りの剣であると自覚をし、その柄は己で握ろうとも、帰属する相手はただ善なる心のひとりである。
「じゃあなんで、主に黙って勝手に怪我してる。」
普段なら決して言わない、高圧的な物言いも。殤は箱入り娘への躾だと割り切る。もう二度とあんな気を起こさせないよう、仕置きの意味もあった。
(てめぇの命を大事にする本能が、壊れちまってんだから仕方がねぇ。)
「……ごめ、なさい、」
責められるのに耐えきれなくなったのか、ぎゅっと目をつぶり、子供のように涙をこぼした。頬に流れる涙を拭ってやりながら、殤は口調を変えて優しく言う。
「もう、やらねぇな? 」
「……はい。」
「仕置きを受けるな? 」
濡れた目を見開いてこくり、と頷いた浪は、こんな風に殤に無謀を叱られた後に受ける仕置きがどんなものだか知っている。文字通り、体に刻み付けて覚え込まされるのだ。
「あっ、あっ、くっ……、」
「声、我慢すんな。むしろ聞かせてやれ。」
「聞かせる、って、誰、に……っ、ああっ! 」
思わず声を上げてしまい、慌てて袖を噛み締めて堪える浪に、殤は腰を前後させながら伝える。
地面に殤の黒い外套を敷き仰向けに寝そべった浪は、胸元を露わに寛げ、下肢の衣類を取り去った他は、両足の靴もそのままだった。殤もまた、出すところを出したのみのほぼ着衣である。浪の聴覚がいかに優れていようと、捲殘雲と聆牙の帰還を察知してから身体を整えるまでの時間を考えると、直接肌と肌を合わせるわけにはいかない。
浪の細い両足を開かせ、腰を両手で掴んで男にしては小ぶりな尻を己の股間に叩きつける。前技もそこそこに始まった仕置きは性急なものだった。
普段の話し声には小さな魔力しか乗らないが、心血注いだ歌声や、感情を露わにした声は帯びる魔力が桁違いになる。たとえば、快楽が深まって上がる嬌声の息吹の波動は、胆力のある者でなければ意識を持っていかれそうな虚脱感や、浮遊感を産む。波長を合わせ慣れている殤でなければ、聞きながら腰を振るなど叶わないだろう。
通信機は術により音波を伝える。生じた波を追いかけて打ち消せるのは、同じ波だけだ。しかも人心を煽り、熱狂させる強烈な波長を、浪の声は持っている。送信機能を麻痺させるにはお誂え向きだった。しかも。
「ふっ、誰かに聞かれてるかも知れねぇってのは、存外興奮するな。」
「そんな、お前には、羞恥というものがっ……あぁん! 」
聞かれるなんて恥ずかしい、やめろと口にし反発していた浪だが、嫌だ嫌だという割には体の反応がいつも以上に顕著だった。幾度も堪えようとしては声を詰まらせ、反動で首を振りながら激しく喘ぎ、喉奥からよがりを放つ。
(まぁ、ぶつかり合って打ち消したり麻痺させちまうんなら、実際向こうにゃさほど届いてねぇと思うんだがな。)
弱った波長が届ける音など、雑音がせいぜいだろうと殤は踏んでいる。出歯亀封じにはちょうど良いだろう。それを口実に、捲殘雲や聆牙が同室する折にも抱かせて貰えるようになるかも知れない。何せ聆牙付きの浪は、聆牙ガードが厳しくて、こうもあっさりと身を任せてはくれないので。
「不患っ、いい、あっ! 」
「おっと。簡単にイかせはしねぇぞ。なんせ、仕置きだからな。」
今頃、流れくる雑音に首を捻っているであろう呪い人形の主人を想像し、殤不患は己が魔剣を鳴かせながらほくそ笑んだ。