殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

君にムーンダストの花束を

七月十日は殺無生さんのお誕生日だった。なにか書けたらいいなと思ったけれども間に合わなかったので、走り書きで現パロ。

簡単に設定。

殤さんと浪さんは血の繋がらない叔父甥で、無生さんは浪の高校~音大の同級生。吟雷楽器屋の店主であり、浪の年上の良き友人であるのが聆さん。凜さんは悪徳弁護士。ガラスの仮面パロが入る。

 

 

放課後の喧噪の中だった。教室の入り口の引き戸を、背をかがめてくぐった無生は、背後から声をかけられて振り向いた。

「今日も来るか? 」

白い夏用制服のシャツに夕陽色の髪を垂らし、言葉少なな友人は、それでもしっかりと長身の殺無生に背伸びして目を合わせ、小声で尋ねてくる。

「すまないが今日は行かない。宅配が届く。……たぶん。」

「たぶん? 」

きょとりとして首をかしげた浪は、次いで何かを思い出したかのように、ああ、と言ってかすかな笑みを浮かべた。

あしながおじさん。」

「おう。」

照れたように返したのは、この友人には、季節のイベントに応じてある人物から定期的にプレゼントが届くのを知られているからだった。

「明日は、来い。聆さんと待ってる。」

ある事件がきっかけで仲良くなった浪と、その保護者といっても過言ではない楽器店の主もまた、今回のイベントを祝ってくれようとするのだろう。嬉しいのとくすぐったいのと気恥ずかしいので、なんと返していいのかわからず、無生はただ、ああ、とだけ言って自宅へ急ぎ戻るべく、足を速めた。

 

今は高校二年生である無生が中学に上がった頃、両親の事業が傾き始めた。
助けてくれると言ったはずの若き顧問弁護士は、両親を冷たく突き放し、悲観した両親は無生を置いて心中を図った。

残された無生はそれまでの生活のなにもかもを失い、児童養護施設で暮らすことになる。

無生は今でもその弁護士の名前と顔を忘れない。


そのうち、殺無生の面倒をみたいという篤志家が現れ、無生は高校に進学するのを機に施設を出て独り暮らしを始めた。

その篤志家は変わった人間で、一度も無生の前に姿を現わそうとしなかった。
ただ節目節目に、無生に花を贈って寄こした。ムーンダストと呼ばれる青紫のカーネーションは、無生の髪の色に近いものからもっと淡い紫色みを帯びたものまでさまざまな種類があった。白薔薇と組み合わせたり、百合に添えられたりとアレンジは変わるが、そこにはいつもムーンダストがあり、送り主の想いを感じ取れた。

「貴方の幸せを願っています。掠。」

たった一枚のカードの文面も、いつも同じだった。

 

無生が自宅のアパートに戻るのとほぼ同時に、宅配の業者が荷物と花束を持って現れた。花束は濃い青紫のムーンダストとカスミソウのアレンジで、ずしりと重たい箱の中身は、厳重に梱包されたケース入りのテナーサックスだった。

「誕生日おめでとう。貴方の幸せをいつも願っています。掠。」

添えられたカードに嬉しさよりも驚きと戸惑いが無生を襲う。

(またサックスを吹き始めたって、どこで聞いたんだ、掠は。)

両親が亡くなるまではサックスを習い、数々の大会にも出場して、天才サックス少年として取材を受けたこともある無生だったが、施設に入ってからは演奏をやめていた。再び楽器を手にとったのは、浪と親しくなり、彼の出入りする楽器店のスタジオを借りられるようになった最近の話だった。もともと所有していたアルトサックスの他に、テナーサックスも欲しいと思い始めていた矢先だったので、届けられたそれに余計に驚く。

(オレの欲しいものをくれる掠さんは、一体、どんなひとなんだろう。)

施設長であり、殺無生の後見人でもある鐵笛仙は、幾度聞いても口止めされているからと、篤志家の名を明かしてはくれない。

けれど両親を失い親族もおらず、ひとりぼっちになってしまった自分にも、生誕を祝い気にかけてくれる人物がいる。それだけで、寂しさに耐えて生き抜こうという気力が沸いてくるのだから、無生にとって掠は神にも等しい存在だった。

「礼の手紙でも、書くか。」

何か贈り物を貰った折には、必ず手紙を書いて、鐵笛仙に託している。それに直接の返事があったことはないが、読んでくれているとは聞いている。

ムーンダストの花束を透明なガラスの花瓶に生けると、一人暮らしで家具もない殺風景な部屋が途端に華やぐ。

「貴方の幸せをいつも願っています。」

綴られたカードを縁どる銀色の雪の意匠を指でなぞってから、無生はペンをとった。

 

 

夜景の美しいオフィスビルの狭間に、その男の住まいはあった。

鐵笛仙から渡された便箋を大事に折りたたみ、近影の写真の入った封筒に丁寧にしまう。頭脳労働専門の白い指先が、取り出した写真の顔を丁寧になぞる。施設にやってきた白シャツの制服姿の殺無生を、庭の遅咲きの紫陽花を背景にして鐵笛仙が撮影したものだ。

花の美しさに目を瞠り、笑っている無生の自然体な写真は、後見人である鐵笛仙でなければ撮れなかっただろう。幼さの削がれた頬には透明な美しさが宿り、目を奪われた。

「綺麗になったな、無生。」

初めて会った日は、ほんの子供だったのにと。くすりと笑った後で、凜雪鴉はふと暗い顔になった。

いつか直接お会いして、礼がしたいと。無生の手紙はいつもそう締めくくられている。

(もし、「掠」の正体が私だとわかったら。無生、お前は花に笑いかけたように、私に笑ってくれるだろうか。)
そんなはずはない。お前が私に向けるのは、両親を奪われた憎悪のまなざし。嫌悪のこもった声。

(「人殺し! 父さんと母さんを返せ! 」)
(「よくもオレ達を騙したな! お前だけは一生許さない! 」)

写真の端を握り締め、弁護士は眼下に広がる夜景を見つめながら首を振る。

(だから、私は一生お前に正体を明かさない。黙って見守る支援者の「掠」を演じるのだ。)

永遠の幸福が、お前の上にあらんことを。

花束に気持ちをこめて贈り続けるほかに、銀髪の男は処し方を知らないのだった。