披露宴の夜 他の部屋
殤殤と浪浪の寝室には、屏風があった。
紅梅の描かれたそれを並べたのは家主と殤殤で。その時に、竹は殤浪、梅も殤浪、と呪文のように家主が唱えていたのを殤殤は思い出す。
四君子といって、蘭、竹、菊、梅の四種を、その高潔な資質から草木の中の君子と讃える言葉があるそうで。己はともかく、竹のようにどこまでもまっすぐで、梅のように厳しい冬の寒さを乗り越えて咲く様は、浪巫謠そのものだ。白梅も紅梅も香り高く美しく、それは西幽で出会った頃に白無垢をまとっていた姿と、真の自分を見出して紅い衣に袖を通した両面を思わせる。
「何を見ている? 」
「んー、梅がな。まるでお前さんみてぇだと思ってたのさ。」
新婚といっても、殤殤と浪浪はとうに臥所を共にしてきた仲である。いつも通りに寝床に上がり、いつも通りに他愛のない話をしていた折、殤殤の視線が壁に止まった。
梅は降り積もる雪に枝を傷つけられても、耐えて、忍んで、春を告げる風を感じて蕾を開く。風待ち草とも人は言う。
殤と言う風に吹かれて紅く色づいて花開いたなら、それは光栄だろうと浪浪は思い、そう言おうとして、ふと耳が扉の外の音を拾った。
「……不患と、巫謠が来るぞ。」
「はぁ? 」
雑なノックと同時に駆け込んで来た二人は、それでも気まずそうに咳ばらいをしながら寝台の足元へと近づいて来た。
「邪魔して悪ぃな。俺達の寝床の寝具がどこにあるか知らねぇか? 」
殤不患が口火を切る。
「昼間、ねん殤が言ってただろうが。家主が倉庫部屋に入れておくから、用意は自分達でしろって。聞いてなかったのか。」
「……そういや、そんなことを言ってたかもしれん。」
殤殤があきれたように指摘すれば、殤不患は頭をかく。
浪巫謠はといえば、初めて見た殤殤と浪浪の寝台と、自分達の寝台の大きさが違うのに驚いていた。空っぽだったのを差し引いても、自分達の部屋のもののほうが一回り大きいのである。
「寝床が、違う。」
「そういやぁそうだな。」
ふたりで子供のように率直に言えば、殤殤と浪浪は困ったように顔を見合わせる。
「あのな、不患に巫謠。……お前らが乳繰り合う時、一番好きな体位はなんだ? 」
「えっ……? そりゃ勿論、立ったまま後ろから。」
「騎乗位だ。」
背中や尻が寝具についていない分、背筋が使えるのか腰回りの筋肉が働いていきみやすいのか、立位の後背位は奥の締まりが良くてたまらない。腰が動かしやすいぶん巫謠のいいところも沢山責め抜いて歓ばせてやれる。不患が一番好きなのはと問われればそれであった。
巫謠にとっては、自分が腰を振って主導権を握れる騎乗位は、一番好むところだった。汗の滲む、快感に歪む不患の額を見下ろしていると、抱かれているのに、まるで自分が己の穴で不患の棒をあやし、抱いているかのような征服感がある。
「浪浪は? 」
「……寝たまま、足を閉じて、背中から。背中いっぱいに、殤殤の音を感じられる。」
恥ずかしさで顔を赤らめて、けれども不患と巫謠が答えたのだからと断るわけにもいかず、か細い声で浪浪は言った。
「俺は対面座位だ。感じてる可愛い顔を見ていたいからな。で、これでわかったろうが。さっさと寝具とって戻れ。」
「あー、はいはい。すんませんでしたっと。」
「邪魔をした。」
「大丈夫か、あいつら。」
慌ただしく出て行ったふたりの後ろ姿を見送って、殤殤はため息をついた。
「家主が多少の閨の荒さにも耐えられる丈夫な床を選んだのだろう。壊しはするまい。」
「まぁなぁ。……ん? 」
さて、自分達は先ほどまで、梅の美しさを讃える、品のある会話を楽しんでいなかったか。どこから話が逸れた。
ふ、と笑って、浪浪は思う。聖人君子の有りようには、到底届くべくもないが。
「……対面座位、俺も好きだ。」
袖をひいた時だった。
隙をつかれて、戸惑っているうちにひょい、と殤殤の体の上に抱き上げられる。
「長い付き合いで言うのもなんだが、せっかくの披露宴の夜だからな。新規開拓ってのはどうだ。」
「う~、」
(これはまさかの騎乗位やれの流れか。感化されないで欲しいぞ。)
落ち着いたら巫謠にコツを聞きにいこう、と浪浪は密かに誓った。それまであちらの寝台が無事であるようにとも祈った。