殤浪@サンファンドットコム

【Attention!】こちらはBL要素・18禁の内容を含みます。どうぞご注意下さい。Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 のキャラクターのカップリング推しの管理人、律による、腐向け二次創作記事中心のブログとなってます。

炎の花の道標 エピローグ

「たっだいまー! 連れて帰って来たぜー。」

「よかった! 無事に戻って来たのね! 」

 

魔琵琶の声に引き続き、高めの女人の声が耳に届き、殤の意識は急速に覚醒した。目を開けて首を巡らせれば、浪とふたり、隠れ家の寝室にある寝台で寝かされているのがわかった。

「して首尾は? 魔劍の世界はどうだったかの? 」

安堵したように笑う睦天命の姿と共に、待ちきれないというようにわくわくしている天工詭匠の顔もあった。子供のように好奇心を隠さない老翁に苦笑し、殤は上半身を起こした。

「なかなか興味深い場所だったぜ。この魔劍が危険かどうかってのは扱った当人次第だろうな。」

浪はといえばまだ目覚めない。労わるように、眠る白皙の頬をひと撫でしながら答える。

 

旅の途中で入手した魔劍や聖劍の数が増えるにつけ、かなり危険なものは目録に収蔵するが、そうでないものに関しては好事家や蒐集家に売り、活動資金にすると方針を決めた。流石に宇宙の果てまで敵を封じるような劍は売れないが、由来や伝承、まつわる効能が明らかな品で危険のないものは手放せる。

しかしそんな中でも、邪悪な気配はないがどんな作用をするかわからない劍、というのは存在する。慎重に調べてはいたのだが、作動した劍の力にまず殤が引き込まれた。

心配し、後を追うと言ってきかない浪の為、天工詭匠はこの世界に固く紐づけされた魔道具として聆牙を使い、釣りの要領で浪を送り込んだ。

渡世したふたりの誤算は、元の世界の記憶を忘れてしまったことだった。殤は何年もの間冒険者として暮らし、浪は異世界の獣人に同化して、そちらの記憶が上書きされてしまったのである。鍵となる魔道具となった聆牙は、ふたりがこの世界との繋がりを思い出さなければ発動しないようになっていたため、ずいぶんと気を揉んだらしい。

「あっちじゃ五、六年以上は過ごしたと思うんだが、こっちではどれぐらい経ったんだ? 」

まるでつい先日別れたかのような天命らの様子に殤が聞くと、老師は不思議そうに首を傾げた。

「お前さん達の意識が吸い込まれてったのが昼ごろだ。今はまだ夕方にもなっとらんよ。」

「へぇ! そりゃまた、邯鄲の夢だな。」

魔道具の枕により、一睡のうちに長い人生を経験して目覚めた青年の話のようだった。

異世界渡りの出来る劍、ねぇ。高く売れそうだけれど、簡単に戻って来れないのでは危険なんじゃないかしら。」

「この唐変木とボウズが無事に戻って来たんだ。戻り方を改良すればもっと円滑に使えるんじゃないかの。」

そういって天工詭匠は、刃渡りの長い魔劍の柄のちょうど穴の開いている部分に、聆牙が咥えていた赤い柘榴石の飾りをはめ込んだ。研磨された柘榴石は炎を内包するように輝いていたが、元の柄に戻った途端にすっと光を消した。

「それはさておき、詳しく向こうの話を聞かせてくれんか。」

「それがな。そう危険じゃなかったのは覚えてるんだが……、」

戻ったばかりの時ははっきりしていたあちらの世界の記憶が、こちらの空気を吸い込むたびに次第に薄れていくのがわかる。朝敵として追われる生活から意識だけでも逃れ、のびのびと冒険者として生きられた人生は仮初にも楽しかった。現実逃避したってどうにもならないし、自分の選んだ道からあえて逃げようとも思わないが、あの世界にあった束縛のない解放感は、忘れずに覚えていたいものだと殤は思った。それから、後は。

「にゃんにゃん、ちと可愛かったぜ。」

「はあ? 」

「旦那アンタ、そういう趣味のおひとだったのかよ……。」

浪の、揺れて丸まる尻尾を思い出しながら殤がにやつくと、天命と天工詭匠は顔を見合わせ、聆牙はふるふると胴を揺らした。知らぬは眠る麗人ひとりばかりなり。

覚えているうちに、と急いで話した浪のあちらの風体を聞いた天命が市で布を仕入れ、猫耳と尻尾を裁縫で作り、弟分を巧みに宥めすかしてつけさせたのは後日のことだった。